輝国山人の韓国映画
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ペ・チャンホ
「昶浩
배창호
Pae Chang-Ho

1953年 大邱生まれ
       映画が好きな母の影響で幼時から映画に接する
       機会が多かった。

1971年 延世大経営学科に入学して演劇班で活動
       大学3学年時には自作シナリオで映画制作を夢
       見るが,映画社等の冷遇で挫折

1976年 韓国開発リースに就職
       イ・ジャンホ監督と出逢う。

1977年 現代総合商社入社

1978年 アフリカ・ケニア支社長として勤務

1978年 会社をやめ,イ・ジャンホと忠武路浪人生活をする。

1980年 映画振興公社シナリオ公募に当選 
       <正午のミスター・キム>   

1980年 イ・ジャンホ監督<風吹く良き日> 助監督

1981年 イ・ジャンホ監督<暗闇の子供たち> 助監督,出演
      映画振興公社シナリオ公募で<正午のMr.Lee> 当選

1982年 <コバン村の人々>で監督デビュー,脚本も
       1983 第3回 韓国映画評論家協会賞/監督賞
       1982 第21回 大鐘賞映画祭/特別賞 新人部門
       1983 第19回 百想芸術大賞/新人監督賞

1982年 <鉄人たち> 監督,脚本
       1982 第21回 大鐘賞映画祭/作品賞(啓蒙部門)

1983年 <赤道の花> 監督
       1984 第29回 アジア太平洋映画祭/監督賞 

1984年 <その年の冬は暖かかった> 監督

1984年 <鯨とり -コレサニャン−> 監督
       1984 第4回 韓国映画評論家協会賞/最優秀作品賞,監督賞

1984年 <ディープ・ブルー・ナイト> 監督
       1985 第24回 大鐘賞映画祭/監督賞,優秀作品
       1985 第30回 アジア太平洋映画祭/最優秀作品賞
       1985 第21回 百想芸術大賞/大賞,作品賞

1985年 <鯨とり2>

1986年 <ファンジニ(黄真伊)> 監督

1987年 <わが青春の甘き日々> 監督,脚本
       1988 第8回 韓国映画評論家協会賞/脚本賞

1987年 <神様こんにちは> 監督
       1988 第12回 黄金撮影賞授賞式/監督賞

1988年 米国サンホセ州立大学で映画演出, アジア映画に関し講義
      明智大, ソウル芸術専門大学で映画学講義 

1988年 イ・ミョンセ監督の<ギャグマン>で俳優としてデビュー,脚本も

1990年 <>監督,脚本

1991年 <天国の階段> 監督
       1992 第28回 百想芸術大賞/監督賞

1994年 ペ・チャンホ プロダクション設立,代表

1994年 <若い男> 監督,脚本,制作

1996年 <ラブ・ストーリー> 監督,脚本,制作,出演
       1996 第16回 韓国映画評論家協会賞/脚本賞

1999年 < 監督,脚本,制作
       2000 第1回 釜山映画評論家協会賞/監督賞
       2000 イタリア ウーディネ極東映画祭/最優秀観客賞
       2000 フランス ペノーデ国際映画祭/審査委員大賞,最優秀観客賞

2001年 <黒水仙> 監督,脚本

2003年 第35回 大韓民国文化芸術賞/大衆芸術部門

2004年 <> 監督,脚本,出演

2004年 コングク(建国)大学校 映画芸術学科 教授(〜2007年)

2006年 第5回 韓国映画文化賞/監督賞

2010年 <旅行> 監督,脚本
       2011 第1回 シネマテークKOFAが注目した韓国映画:選定作

2010年 4月 第11回 チョンジュ(全州)国際映画祭 審査委員

2010年 10月 第8回 アシアナ国際短編映画祭 審査委員長

2011年 6月 第13回 ソウル国際青少年映画祭 競争部門 審査委員長

 

[監督作品]
制作年作 品 名 【原 題 名】
1982
1982
1983
1984
1984
1984
1985
1986
1987
1987
1990
1991
1994
1995
1999
2001
2004
2010
コバン村の人々
鉄人たち [大鐘賞(21)/作品賞(啓蒙部門)]
赤道の花 [アジア太平洋映画祭(29)/監督賞 ]
その年の冬は暖かかった
鯨とり -コレサニャン−
ディープ・ブルー・ナイト [大鐘賞(24)/監督賞,優秀作品賞]
鯨とり2
ファンジニ(黄真伊)
わが青春の甘き日々
神様こんにちは

天国の階段
若い男
ラブ・ストーリー

黒水仙

旅行




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