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チョン・ジヨン

鄭智泳
정지영
Jeon Ji-Yeong
1946年 忠清北道 チョンジュ(清州)市 出生
書店を経営する父親の影響で豊富な文化的感受性を
育てて幼年時期を送った。
清州高校1学年時に映画雑誌の付録に載った<誤発
弾>のシナリオとヒッチコックの<サイコ>を見て
映画監督になることを決める。
1966年 トングク(東国)大学 演劇映画学科に合格するが,
結核で入学辞退
1967年 トングク(東国) 演劇映画学科入学
1968年 コリョ(高麗)大学 フランス文学科 2年に編入
1975年 コリョ(高麗) フランス文学科 卒業
1975年 チョン・ムンスクと結婚
1976年 キム・スヨン監督の下で<明日は真実>など10本ほど
の作品を助監督
イム・グォンテク監督の<洛東江は流れるのか>助監督
1977年 月間<真珠>に筆名チョン・ヨンとして寄稿
1979年 シナリオ作家として活動
1982年 <霧は女のように囁く>で監督デビュー
1982年 MBCにPDとして入社
1985年 MBCに1年契約PDとして再入社
1987年 4.13護憲措置に反対する映画人署名を主導
1989年 'ナムプロダクション' 設立
UPI直配阻止運動で拘束される。
スンチョン県大学 教授
1990年 <南部軍>
第11回 青龍賞 監督賞
1991年 <粉々に破け散った名前よ>
東京映画祭コンペ部門
1992年 <ホワイト・バッジ 大殺戮殺人部隊>
東京映画祭 作品賞,監督賞
大鐘賞映画祭 脚色賞
1994年 <ハリウッド・キッズの生涯>監督
第42回 サンセバスチャン映画祭 批評家賞 受賞
1996年 スクリーンクォーター監視団共同委員長
1996年 <ビールが恋人よりいい7つの理由
第3話:ビールは友人と交わして飲むほど美味しい>
1998年 <KKA (か)>監督
2000年 第1回韓国映画祝祭 組織委員長
2001年 サンフランシスコで開かれた韓国映画祭 キマ(KIMA)
フィルムフェスティバルに参加
2008年 <イリ>(チャン・リュル監督) 出演
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