輝国山人の韓国映画
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▼薬売り(ヤン・フン)が薬を売っているあるバス終点,シム・ジェグ(イ・デヨプ)という青年が,車主チェ・ジョンデ(チェ・ナミョン)を訪ねてきて,紹介状を差し出す。
▼シム・ジェグは,スペア運転手の仕事でもさせてくれと言うが,チェ・ジョンデは,紹介状を持ってきたこと自体が気に入らず,断る。
▼夕方のバス終点,チェ・ジョンデの娘であるトスニ(ト・グンボン)は,シム・ジェグと再び出会って,彼に煙草代と旅館代を貸す。
▼チェ・ジョンデは,青年に煙草を買ってあげたとトスニをしかり,彼女はもう独立すると言って家を出て行く。彼は,怒ったけれども,独立的なトスニの行動を内心満足に思う。
▼トスニは,ケ書房(ソバン)に貸した金を受け取りに行って,ケ書房(ソバン)家の空いた部屋に住んで独立生活を始める。
▼トスニは,シム・ジェグが運転してきた車を洗車することで本格的な金儲けを始める。また,シム・ジェグを車主にスペア運転手として紹介したりもする。
▼お母さん(チョン・エラン)は,嫁に行く前に家を出て行っている娘が心配になって,帰ってこいと説得するが,トスニは,独立心がなくなると言って断る。
▼トスニは,シム・ジェグが作ったネズミ罠を市場で上手に売る。餅を作ったトスニとシム・ジェグは,セナラ(新しい国)自動車を買って同業することを約束する。
▼トスニは,金を儲けるためにあらゆることをやり遂げて,シム・ジェグが,パッカから詐欺にあったことも,彼女が機知を発揮してタイヤを取り戻す。
▼トスニが,ケ書房(ソバン)の家に行ってから大変な苦労をし,我を忘れて家に戻るが,お父さんが叱り飛ばす声を聞いて,再び勇気が出てきたと言って家を出る。
▼トスニは,失意に陥って酒場にいるシム・ジェグを訪ね,二人は,お互いの愛を確認する。トスニは,シム・ジェグとともに家へ行き,婚約したと知らせるが,お父さんは反対する。
▼トスニが,セナラ自動車を買って家へ来ると,彼女の両親は,喜ぶ。町中の人が出てきて,トスニの車を見物する。
(出処:韓国映像資料院「古典の再創造」シリーズ3 <トスニ 幸福の誕生> パンフレット)
[制 作 年] 1963年 [韓国封切] 1963年00月00日 [観覧人員] [原 題] トスニ 幸福の誕生 또순이 행복의 탄생 [英 語 題] Tosuni:The Birth of Happiness A Happy Businesswoman [ジャンル] コメディー,ドラマ [原 作] キム・ヒチャン [脚 本] ユ・イルス [監 督] パク・サンホ [第10作] [助 監 督] イム・テヨン,オ・ギジョン,シン・ミンス [撮 影] ユ・ジェヒョン [照 明] ユン・ヨンソン [音 楽] キム・ヨンファン [美 術] ホン・ソンチル [出 演] ト・グンボン → トスニ イ・デヨプ → シム・ジェグ スペア運転手 チェ・ナミョン → チェ・ジョンデ トスニの父 バスの車主 チョン・エラン → ユン氏 トスニの母 チャン・ミノ → キム・ソングン スペア運転手 ヤン・フン → 薬商人 ペク・テグン イ・ビナ → スニ トスニの姉 ナム・チュニョク → ケ書房(ソバン) チュ・ソンテ → パッカ 詐欺師 キム・ジョンオク → ケ書房(ソバン)の妻 カン・ミエ → 車掌 テウォン キム・チルソン → 車主(イガ) ナ・エシム → スウォル ワンデポの女 ソン・ミナム → パッカの家のおばあさん ヤン・イルミン → ヤン氏 トスニの姉の夫 キム・ヒガプ → 服商人 ク・ボンソ → ネズミ罠商人 パク・サンイク → 米商人 キム・ソジョ → [受 賞] アジア映画祭/女優主演賞(ト・グンボン) [映 画 祭] [時 間] 91分 [観覧基準] [制 作 者] チ・ウソン [制作会社] セジョン(世宗)映画株式会社 [制 作 費] [D V D] 日本発売なし [レンタル] [You Tube] https://www.youtube.com/watch?v=hc2BqMbb2EA(日本語字幕あり) [H P] [撮影場所] [M-Video] [Private ] K-DVD【74】韓国映像資料院「古典の再創造」シリーズ3 日本語字幕あり [お ま け] ・この映画は,興行でも途方もない成功を記録した映画として,パク・サンホ監督 の代表作の中の一つに選ばれる。 ・この映画の影響で,勤勉でがむしゃらに生きる女性を指す言葉として「トスニ」 という名前が流行したそうだ。 ○韓国映像資料院 「古典の再創造」シリーズ3 <トスニ 幸福の誕生>より ’トスニ' 時代の韓国映画とパク・サンホ キム・ジョンウォン (映画評論家,韓国芸術総合学校映像院 兼任教授) ・1960年代韓国映画系の状況 (略) ・青春映画の風に乗った人気版図 (略) ・パク・サンホの転換点<トスニ>とト・グンボン <トスニ>は,24歳の若さで,<ヘジョン(海情)>(1956)で第一 歩を踏み出したパク・サンホ監督の9番目の作品だ。 監督たちが,たいてい26歳(シン・サンオク)から 38歳(チョ・グンハ)の間にメガホンを取った点を見る時,多少早い 時期に出てきたようだが,<薔薇は悲しい>(1958),<浪漫列車>, <追憶の首飾り>(1959),<モサン(母像)>(1960),<私の青春に恨 (ハン)はない>(1961),<山の新婦>,<家族会議>(1962)等,7編 の映画が出てきた6年の間,明確な成果を上げることができなかった初 期だった。 映画界の同期であるユ・ヒョンモクが,すでに<人生の差押>(1958), <誤発弾>(1961)を出して先んじて,自分より1,2年遅く出てきた チョ・グンハ(<肉体の道>)とチェ・フン(<縁側の村の理髪師>, 以上 1959年),キム・ムク(<血のついた対決>),カン・デジン (<朴さん>,以上 1960年)までデビュー1,2年で一層進展した作品 で報いた。 3歳上だが,映画界では2年後輩であるキム・スヨンも,<トスニ> が出てきた時点で,<クルビ>,<血脈>,<青春教室>など,3編を 持ち出して,作品性と興行性を誇示した。 さらに,4年遅れるように出発したイ・ソングは,著しい後続打がな かったが,初めての作品<若き表情>(1960)の後光で多少余裕があった。 ところで,<トスニ>が出てきて負担を減らすことになった。 <飲み屋の娘>と一緒に出しておいたこの映画の強みは,6.25戦争を 体験した分断現実の中で,厳しい苦難を体験しながらも,屈服せず生き ていく楽観的な女性像を無理なく濾過させたということにある。 その典型を避難民家族,特に強い咸鏡道(ハムギョンド)なまりを借 りて形象したという点だ。 これは,戦争に苦しめられたり,貧困でやつれた女性たちの人生をモ チーフとすることが常だった50〜60年代の一般的な傾向とは違う姿だ。 当時の評価(「[新映画]咸鏡道(ハムギョンド)女性の生活敢闘記/ ト・グンボン主演<トスニ>」,「韓国日報」 1963年2月12日付)のよ うに "女主人公をいつも不幸と涙で処理し,あきらめや忍従が美徳にも なるかのように泣く,いわゆる国産メロドラマに比較すれば,この映画 は,いずれにせよ新しい登場”に違いなかった。 一人の男を頬打ちするほど闊達なこの咸鏡道(ハムギョンド)お嬢さ んは,独裁的なお父さん(チェ・ナミョン)の支配を抜け出すとすぐに 荷物屋,餅売り,煉炭売り仕事を選り好みせず,恋人(イ・デヨプ)が あったタイヤ詐欺まで解決する。 映画に先立ち,連続放送劇「幸福の誕生」(キム・ヒチャン作)を通 じて検証を受けた素材だが,演出者の適切な作品分析とその目の高さに 合わせたト・グンボンの演技力,チェ・ナミョン,チョン・エラン,ヤ ン・フンなど補助演技者の一致した呼吸が成し遂げた結果だ。 咸鏡道(ハムギョンド)なまりをおいしそうに駆使した声優チャン・ ソイルの声の演技(後時録音)も一役を買った。 特に,ラストシーンで,トスニが用意した'セナラ(新しい国)'自動 車が,家の前を抜け出る時に見せた町内の人々の熱い関心は,現世代が 見るにはぎこちないかもしれないが,国産品が誇らしかった1960年前後 の社会像を思い出させる興味深い構成だった。 ト・グンボンは,この映画で第10回アジア映画祭女優主演賞を獲得す る喜びを享受した。 彼女は,1956年にチョ・グンハ監督の<ファン・ジニ(黄真伊)>で 初めてスクリーンに登場して以後,<黄昏列車>(1957),<ユ・グァン ス)(1959),<青春花園>(1960),<離れの客とお母さん>(1961), <新妻>(1962,大鐘賞主演女優賞)等で,個性的な演技で視線を引き 付けたし,<トスニ>と共に<強情>,<下女の告白>,<ワルスンお ばさん>,<墓から出た新郎>,<紳士は新しいものが好きだ>,<百 年恨>,<天国と地獄>など,15編を数える多様なジャンルに主,助演 で出演した。 彼女は,特に地方なまりと縁が深い。 <新妻>(イ・ボンネ監督)と<釜山宅>(イム・ウォンジク監督, 以上,1962年)で,それぞれ忠清道(チュンチョンド)と慶尚道(キョ ンサンド)おばさん,女の役割を受け持つかと思えば,咸鏡道(ハムギ ョンド)娘<トスニ>にも変身した。 パク・サンホは,この映画を通じて,その間停滞した状況を挽回する 良い機会をつかんだ。 7年という歳月の間,ネゴン(内供)を積んだ結果だ。 映画は,都心中心に構成するようになる一般的なメロドラマと違って バス終点など,ソウル郊外,庶民の生活風物を見ることができる南大門 (ナムデムン),東大門(トンデムン)市場のように,混雑した古い場 所を好んだ。 トスニは,明らかメロドラマの外形を備えているけれど,底辺に流れ る感性は,避難時代の世知辛い世の荒波と人情,哀歓にフォーカスを合 わせた写実主義的な接近だということができる。 それは,難しい環境の中でも,微笑を失わないとする人生の方程式だ。 これは,<恐妻家>(1958),<求婚決死隊>(1959)など,コメディタ ッチの作品から出発して,<血脈>でリアリズムの転換点を回った キム・スヨンの過程を彷彿とさせる。 一生をメロドラマという一つのジャンルだけを守って,15年間デビュ ー作<ヘジョン(海情)>(1965)から<チプセギを履いてきたよ>(1971) に至るまで,21編を残したパク・サンホにとって,<トスニ>は,2年 後に出てくることになる代表作<非武装地帯>(1965)に向かった発火地と しての意味を持つといっても過言ではない。