輝国山人の韓国映画
<Home>へ

イ・ソング
李星究
이성구
I Seong-Ku

1928年 咸鏡南道 ハムフン(咸興)で出生(2月6日)         本名:イ・ボムニョン 1947年 イ・ビョンイル監督の親戚として東亜映画社に入社し,       映画界に足を入れる。       トングク(東国)大学校に入って,ユ・ヒョンモク監督       が主軸になって作った       <映画芸術研究会>で活動 1949年 <映画芸術研究会>で制作と,ユ・ヒョンモクが監督した       45分の映画<海風>に俳優としても参加       イ・ビョンイル監督の助監督を経験 1960年 <若き表情> 監督        戦争を背景に,廃物を拾い集め,それを売ってお金を貯        めて健全に生きる若者の独立心を描いた作品        新しい波(ニューウエーブ)を起こしたデビュー作        脚本は,キム・ジホン(金志軒)        1961 第4回 釜日映画賞/監督賞 1960年 <情熱のない殺人> 監督,脚色 1961年 <愛が門を叩く時> 監督 1961年 <愛も悲しみも幾歳月> 監督 1962年 <天と地の間に> 監督 1963年 <ミスキムの二重生活> 監督 1963年 <ウォルスンおばさん> 監督 1964年 <お嬢さんたち 気をつけて下さい> 監督 1964年 <シンチョン(新村)の父とミョンドン(明洞)の娘> 監督 1965年 <寡婦の娘> 監督 1966年 <お宅の夫人はいかがですか> 監督 1966年 <私のごろつき> 監督 1967年 <日月> 監督 1967年 <蕎麦の花が咲く頃> 監督        1968 第11回 釜日映画賞/男優主演賞(パク・ノシク) 1968年 <若いケヤキ> 監督 1968年 <日蝕> 監督 1968年 <将軍の髭> 監督        西欧モダニズム映画のなじみが薄い境地に韓国映画が達したといわれる映画        1969 第5回 百想芸術大賞/映画部門 監督賞        1968 第7回 大鐘賞映画祭/制作賞,脚本賞 1968年 <お母さんは強い> 監督 1968年 <二階家の新妻> 監督 1968年 <織女星> 監督 1969年 <アパートの女人> 監督 1969年 <女性に生まれて> 監督 1969年 <あなた> 監督 1969年 <高原> 監督 1969年 <地下室の7人> 監督        1970 第6回 百想芸術大賞/映画部門 監督賞 1970年 <お父さん お母さん 長生きしてください> 監督 1970年 <東京の夜空> 監督 1970年 <亀> 監督 1970年 <ひと言も話さなかったた> 監督 1971年 <あなたと私の間に> 監督 1971年 <ベトナムから帰ってきたキム上等兵> 監督 1971年 <子供社長と女秘書> 監督,脚本 1971年 <春香伝> 監督        脚本は,イ・オリョン(李御寧)        カメラマンチャン・ソクチュン(張錫俊)が作った70ミリカメラで撮影 1971年 <現代人> 監督 1971年 <遅くなる前に> 脚本 1972年 <嫁> 監督 1972年 <娘だけ三人です> 監督 1972年 <海壁> 監督 1973年 <ジュリアと徳川家康> 監督 1974年 <危険な間> 監督 1974年 <回想> 監督 1974年 <土曜日の夜に> 監督 1974年 <悪魔の弟子たち> 監督 1975年 <赤い靴> 監督 1976年 <営奴> 監督 1977年 <最後の夜のタンゴ> 監督 1977年 <最後の一葉> 監督 1977年 <壁の中の二人> 監督 1978年 <道> 監督 1978年 <無常> 監督 ◎ 文学を映画化した<文芸映画> 監督というジャンルを通じて,韓国式<モダニズム映画>   監督を成就することによって,1960年代韓国映画の重要な監督と評価される人物   精巧なミザンセーヌ(Mise-en-scene)(画面構成)と果敢な編集が引き立って見える映画   美学は,当代の水準をはるかに越えていたと言われている。 [最終更新] 2014-10-07

 



【BACK】 (一覧ページへ)