輝国山人の韓国映画
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[出演映画][職 業] 俳優 [本 名] [生年月日] 1941年 [出 生 地] 慶尚南道 マサン(馬山) [身長体重] 38-24-38 [住 所] [レ タ ー] [出身学校] マサン(馬山)第1女子高等学校 中退 [宗 教] [趣 味] [特 技] [家 族] [血 液 型] [あ だ 名] [座右の銘] [経 歴] ・中学校の時,イム・チュネン主演の国劇を見て舞台に 大きな憬れを持つようになり,俳優になりたい一心で むやみにソウルの監督に手紙を書いた。 ・結局,高等学校を終える前に上京して姉の夫の知り合 いの制作者イ・チョリョクに会うことになる。 ・1958年に<春はまたくるのか>の女性記者役でデビュ ーすることになるが,当時,デビュー時期が似ていた ト・グンボンと共に肉体派女優で広く知られることに なる。 ・1964年には,増村保造監督の<妻は告白する>(1961) をリメイクしたユ・ヒョンモク監督の同名映画で,情 人と夫の間で一つの選択をしなければならなかった女 性の役割を立派に消化して俳優として「成長が目立つ」 (京郷新聞)という評価を受けて,第8回釜日映画賞で 女優主演賞を受賞した。 ・また,同年,ホン・ソンギ監督の<若さが夜をすぎる 時>の演技で,演技者として「真の姿を誇示する」と いう好評を聞いた。(ソウル新聞) ・しかし,38-24-38という身体サイズ,豊満で官 能的な胸と,情熱的な南国の美女を連想させるくすん で浅黒い皮膚,その上に西欧型の洗練された顔まで, その外形的な条件だけでも韓国女優の中で最高の<肉 体派>女優として数えられたように,その他のほとん どの映画で活用されたイメージは,俳優としての演技 が必要な部分よりは,過度に肉体的な官能を強調する グラマー,肉体派というものであった。 ・また,チョン・チャンファ監督との恋愛スキャンダル, チョ・グンハ監督との艶聞,ウィッキー・リーとの婚 約と婚約破棄など,スキャンダル・メーカーとしても 有名だった。 ・結局,デビュー後10年余の1969年8月に「疲れたので 休みたい。」という話を残してスクリーンを離れた。 ・代表作は,野性の肉体が持つ美しさを果敢に見せるな ど,強烈なエロチシズムを発散するキム・ヘジョンの 長所が比較的そのまま表現され,韓国映画賞の新人女 優主演賞を授賞した<アカシヤの花びらが咲く時> (1962年,チョ・グンハ監督) ・ヤクザの情婦役を担って神秘的な官能美を発散した <北極星>(1962年,ヨム・ポムグ監督) ・男を欲情のお供え(いけにえ)とするナターシャ役で 攻撃的なセクシュアリティーを体現した<私も人間に なろうと思う>(1969年,ユ・ヒョンモク監督)など。 [H P] [所属会社] [T V] [ラ ジ オ] [M-Video] [C F] [短編映画] [演 劇] [DISC] [受 賞] 1963 第2回 韓国映画賞/新人女優主演賞(アカシヤの花びらが咲く時) 1965 第8回 釜日映画賞/女優主演賞(妻は告白する) [お ま け] [最終更新] 2014-10-30
制作年 | 作 品 名 (監督名) |
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1958 1958 1960 1961 1961 1962 1962 1962 1964 1964 1969 1969 1969 |
春はまたくるのか (イ・マヌン) 悲恋の島 (チョン・チャンファ=鄭昌和) 朴さん (カン・デジン=姜大振) 燕山君(ヨンサングン) (シン・サンオク=申相玉) 誤発弾 (ユ・ヒョンモク=兪賢穆) 豆満江よさらば (イム・グォンテク=林權澤) アカシヤの花びらが咲く時 (チョ・グンハ=趙肯夏) 北極星 (ヨム・ポムグ) 妻は告白する (ユ・ヒョンモク=兪賢穆) 若さが夜をすぎる時 (ホン・ソンギ=洪性麒) 千年狐 (シン・サンオク=申相玉) 私も人間になろうと思う (ユ・ヒョンモク=兪賢穆) 地下室の7人 (イ・ソング=李星究) 写真 |