輝国山人の韓国映画
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パク・クァンス
朴光洙
박광수
Pak Kwang-Su

1955年 江原道 ソクチョ(束草) 生まれ        1.4後退時に38度線を越えた平安南道        出身の父パク・ソンゴンの長男 1966年 ソクチョ ヨンラン小学校 卒業 1969年 ソクチョ ソクチョ中学校 卒業        プサン(釜山)に引っ越し 1971年 プサン クムソン(金星)高校 進学        美術部で活動    1976年 ソウル大学校 美術大学彫塑科 入学 1978年 ソウル大学校 映画サークル        "ヤルラション 얄라셩"に加入(8ミリ映画)        ("ヤルラション"は,高麗歌謡「青山別曲」で歌われる囃子言葉)          <二段ベッド>(脚本・演出・主演),        <伝説を歌う子供たち>を制作       劇団 "ヨヌ(演友)舞台" に入団,端役・舞台美術・照明など       を担当 1979年 "実験劇団"の8期生として入団       <画家 李仲燮(イ・ジュンソプ )>の舞台装置を担当 1981年 劇映画,ドキュメンタリー,実験映画など6本の映画を制作 1982年 “ヤルラション”の出身者と一緒に“ソウル映画集団”を設立        メンバー:         ムン・ウォンリプ(文元立),ホン・ギソン(洪基善),ソン・ヌンハン(宋能漢)         ファン・ギュドク(黄圭徳),キム・ホンジュン(金弘準) 1982年 <彼らも我らのように> [短編] 監督,編集 1982年 <パンノリ アリラン> 監督 ソウル映画集団 1982年 <島> [短編] 監督 1983年 フランスESEC映画学校に2年間留学 1985年 帰国後と同時にイ・ジャンホ(李長鎬)監督の助監督となり,       <恐怖の外人球団> <旅人は休まない>を助監督 1988年 月刊誌「スクリーン」の編集長イ・ヨンホと結婚 1988年 <チルスとマンス>で監督デビュー        1989 第42回 スイス ロカルノ国際映画祭/青年批評家賞 3位        1988 韓国映画振興公社 良い映画        1989 第27回 大鐘賞映画祭/新人監督賞        1989 第25回 百想芸術大賞/新人監督賞        1989 第9回 韓国映画評論家協会賞/新人監督賞 1990年 <彼らも我らのように(追われし者の挽歌)> 監督,脚本        1990 第12回 フランス ナント三大陸映画祭 審査委員特別賞 受賞        1991 第27回 百想芸術大賞/最優秀演技賞,新人演技賞        1990 第1回 利川(イチョン)春史大賞映画祭/女優主演賞        1990 第11回 青龍映画賞/最優秀作品賞,撮影賞 受賞        1991 第11回 韓国映画評論家協会賞/最優秀作品賞,監督賞        1991 第5回 シンガポール映画祭 グランプリ 受賞 1991年 <ベルリンリポート> 監督,脚本 1991年 英国4TVの「3世界映画監督10人」に選定 1993年 文化体育部が選定した「今日の若い芸術家賞」受賞 1993年 パク・クァンス フィルム設立 1993年 <あの島へ行きたい> 制作,監督,脚本        1994 第16回 フランス ナント国際映画祭 観客賞 1994年 韓国演芸情報新聞社 最高人気監督賞 1995年 韓国芸術評論家協会 最優秀芸術家賞 映画部門 1995年 <美しい青年,全泰壱(チョン・テイル)> 監督,脚本        ベルリン映画祭コンペ部門本選に進出        ニューヨーク国際人権映画祭でオープニング上映 1996年 ニューヨーク国際人権映画祭で<パク・クァンス回顧展>開催       (ニューヨーク リンカーンセンター) 1996年 第16回 ハワイ国際映画祭 審査委員 1996年 プサン国際映画祭 副執行委員長(〜1998年) 1997年 第10回 シンガポール国際映画祭 審査委員長 1998年 映像院 客員教授   1999年 <イ・ジェスの乱> 監督,脚色        1999 第52回 ロカルノ国際映画祭 青年批評家賞 受賞 1999年 プサン映像委員会 運営委員長 2000年 <パンツ脱いで飛びかかれ−デジタル三人三色> 監督,脚本 2001年〜韓国芸術総合学校 映像院映画科 教授 2002年 <引き金> [企画中] 2003年 <もし,あなたなら 〜六つの視線〜>中<顔の価値> 監督,脚本 2006年 アジアンフィルムマーケット 運営委員長 2006年 プサン(釜山)映像委員会 運営委員長 2007年 <まぶしい日に> 監督,脚本,脚色        2007 第2回 ローマ国際映画祭/最優秀作品賞 ・韓国社会の生き生きした現実感と辛らつな風刺が引き立って見える監督 ・社会的な問題の普遍性を個人の痛みに具体化して率直にあらわそうとする意図を一慣して  追求する,まれな監督のひとり ・慣習化,画一化した忠武路の制作方式を拒否して深みのある主題と独創的な形式で韓国の  ニューウェーブ第一世代として位置を占める。 ・一貫して韓国社会の現実について話し,絶えず質問し,より根本的には人間の尊厳性と生  からうまれる苦痛, 挫折そして希望などを扱っている。 ・彼の作品には,ひとり疎外された小市民と彼らを観察する外部人という一つの共通分母がある。 ・映画専門紙 「キノ」の編集長の夫人イ・ヨンホ氏との間に息子ひとり [最終更新] 2014-06-12


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