輝国山人の韓国映画
<Home>へ

コ・ヨンナム
高栄男
고영남
Ko Yeong-Nam
映画監督

1935年 2月22日 忠清北道 チュンウォン郡 サンモ面 スフェ里       (現:チュンジュ(忠州)市スアンボ(水安堡))で生まれる。       本名は,チン・ソンモ(陳錫模)       チュンジュ(忠州)高等学校時代は,バレーボール選手として活動した。       ホンイク(弘益)大学校国文科在学中イ・グァンレ教授から戯曲論,演出論       などを習った。       大学在学中である1950年代中盤、ミョンドン(明洞)で活動した劇団<信協>       所属である劇作家兼演出家イ・グァンレの助手に入って早くも演出と縁を結       んだ。       その時、初めて乙支路入口にあったウォンガク(円覚)寺(1960年に消失)       開館記念公演作に採択された<牛>(ユ・チジン作)の補助仕事を請けた。       しかし、後続の仕事が殆どないことから、ある時は、舞台を飾る舞踊家の役       割まで甘受しなければならなかった。       生活の困難に絶えられず、作曲家パク・シチュンが設立したオヒャン(五響)       映画社の制作部長に移った信協の舞台監督キム・サンホ(金相湖)について       行った。 1959年 ちょうど、チョ・グンハ監督がキム・スンホ、キム・ジミを主演として       <肉体の道>(1959年)を作る時だったので、底辺の仕事さえ拒まず、演出部       の仕事を習った。       このことを契機にクォン・ヨンスン監督の目について<土>(1960)の演出部       に入ることになる。       <薔薇の曲>、<なつかしい顔>、<漂流島>(以上1960年)などがその時       にセカンドで参加した作品だ。 1961年 こうした中、極東映画社(代表:チャ・テジン)で製作する<五人の海兵>で       デビューするキム・ギドクの勧誘によりファースト助監督に起用される。       チョン・チャングン監督を師匠として仰ぐキム監督の下で、<天安三叉路>、       <裸足の青春>、<鴛鴦船>、<離れる時は言葉なく>(以上1964年)など、       4本の演出を助けて、より一層有益な現場経験と映画感覚を習った。       極東映画社のプロデューサーであったカク・チョンファンが、合同映画社を       設立し、ふさわしい監督を探した中で、オム・エンナンの推薦で彼を呼び入       れた。 1964年 <失われた太陽> 監督としてデビューした。       小児麻痺の娘と夫がいない姑を世話しながら、キャバレーで働き、貧しく生       きている若い女性オム・エンナンが、法学徒シン・ソンイルを知るようにな       って、人生への希望を得ることになるが、男に突然に死が近づくことによっ       て挫折してしまうという内容の映画で、好意的な評価を受けた。       当時の朝鮮日報(映画評、1964年9月6日付)は、"早いテンポ、リズムあるカ       ッティング、ナムサン(南山)ベンチの上の二人の男女の間を後退するカメラ       など若者らしい画面の才覚で無難に合格点を取った。"として‘もどかしい行       き違いなど、興行商品としての必須要件をたっぷり入れた大衆好みの娯楽映画’       と評した。       3週間という条件付き秋夕(チュソク)番組として上映したが、2週間で転回邁       進して、3万3千人余りが駆せ参じる最短期間最多観客を動員する気勢を上げ       た。 1965年 <ミョンドン(明洞)44番地>       ミョンドン(明洞)一帯を牛耳るヤクザが、判事である弟の助けで更生の道を       歩くことになるという話で、当時6百万人にもならないソウル人口のうち、       20万人が見たほどにヒットした。       監督の人気が高まると色々な所から多くのギャランティーを提示して作品を依       頼してきた。       これを感づいた合同映画社は、監督と2年間の専属契約を締結した。 1965年 <この世の果てまで>        メロドラマ 1965年 <上海55番地>        アクション映画 1966年 <少領カン・ジェグ(姜在求)>       部下たちのために情熱を傾けて犠牲となったベトナム戦争の英雄を描いた作品       これを最後に2年間の専属契約から解放された。       次に、<噂になった女>というメロー物を撮ることになり、江原道へ撮影踏査       に行っていたが、反共ドラマで有名なキム・ドンヒョン作家から<スターベリ       ー・キム(金)>を香港合作で作ってみないかという電話があり、すぐに仕事       をたたんで帰ってきてしまった。       結局、<噂になった女>(1966)は、イ・ヒョンピョ監督にまかせ、<スターベ       リー・キム(金)>は、連合映画社で制作することになった。 1966年 <スターベリー・キム(金)> 1967年 <霧がかかった草原>        メロドラマ 1967年 <愛は波濤に乗って>        ナム・ジンムン・ヒなどが出演して20曲余りの歌を聞かせるミュージカル        映画 1969年 <愛は涙の種>        メロドラマ 1969年 <決死隊作戦> 1969年 <男の世界> 1969年 <ジャンパー キュー(Q)>        アクション映画 1969年 <決死隊作戦>        戦争アクション映画 1974年 <野女>        メロドラマ 1974年 <フェリー号に乗れ>        アクション映画 1975年 <地獄の招待状>        アクション映画 1976年 <トクスリ前線>        アクション映画 1977年 <愛の旅人> 1977年 <空輸特攻隊作戦>        戦争映画も多数演出した。 1970年代後半には,ヒューマニズムを土台にした映画を主に演出した。 1977年 <雪国>        日本のノーベル文学賞受賞作である川端康成の小説を映画化した。        現代映画が指向するリアリズムの観点を守り、事件に偏らないで        人物の心理を生かそうとする努力が伺える。 1978年 <碑木> 1978年 <花靴>        靴が普及して生計を失うことになる花靴商人の哀歓を通じて世相        の変化を描いた。 1978年 <夕立ち>        ファン・スノン原作の作品        俗世に染まらない童心の視線で人間本来の純粋性をさわやかに表        出することによって完成度を高めるところに寄与した。        傑作短編の後光を跳び越えて韓国的映像美学を抒情的に表わした        という評価を受けた。 1980年 韓国映画人協会 副理事長 1980年 <外人たち>        アパートという現代人の人生の縮図を借りて多様な人間の姿を描        いた。 1981年 <友よ静かに行ってくれ>        アクション映画 1981年 <深夜に突然>        被害妄想と不安心理を刺激してみなぎる緊張感を作る恐怖映画 1982年 映画振興公社が主催する海外研修団の一員として日本に派遣され       た。 1983年 <私が最後に見た興南(フンナム)>        離散家族の問題を扱った作品        1983 第22回 大鐘賞映画祭/作品賞(反共部門) 1988年 <第2の性>        メロドラマ 1988年 映画振興公社 諮問委員 1991年 <わが妻を悲しくすることども>        メロドラマ 1993年 アートシネマ 代表理事 1995年 公演倫理委員会 審議委員 1996年 芸術文化功労賞(映画部門)受賞 2000年 <絵日記>        この作品を最後に引退した。        監督した作品は、111本を数える。 2001年 死亡するまでアジアデジタル大学校演劇映画科教授として在職した。 2003年 9月17日 肺癌で死去(68歳) [監督作品]
制作年作 品 名 【原 題 名】
1964
1965
1965
1965
1965
1966
1966
1966
1966
1967
1967
1967
1967
1967
1967
1967
1967
1967
1967
1968
1968
1968
1969
1969
1969
1969
1969
1969
1969
1969
1969
1969
1970
1970
1970
1970
1970
1970
1970
1970
1971
1971
1970
1971
1971
1971
1971
1971
1971
1972
1972
1972
1973
1973
1973
1973
1973
1973
1974
1974
1974
1974
1975
1975
1975
1975
1975
1975
1975
1975
1976
1976
1976
1976
1976
1977
1977
1977
1977
1978
1978
1978
1978
1978
1979
1979
1980
1980
1981
1981
1981
1982
1982
1983
1983
1983
1985
1985
1986
1987
1988
1988
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1999
失われた太陽 [デビュー作]
ミョンドン(明洞)44番地
上海55番地
この世の果てまで
最後の情熱
失う者と探す者
少領カン・ジェグ(姜在求)
スターベリー・キム(金)
ソウル作男
66番街の血縁
脱線
未練
愛像
氷雨
告別
愛は波濤に乗って
霧がかかった草原
主婦部屋のマーニム
初夜
パパさよなら
審判
再婚
コンネ
死火山
白薔薇
男の世界
今は死ぬ時ではない
決死隊作戦

ジャンパーキュー(Q)
愛が嫌になる時
愛は涙の種
危険な関係
ソウルがいいと言うけれど
ナイフ・チャン(張)
あなたが恋しい
別名を持つ五兄弟
噂になった宴
ハニャン(漢陽)のごろつき
太陽は老いない
将軍の娘たち
フェリー号に乗れ
5人のごろつき
怒りの海兵決死隊
族譜
ミョンドン(明洞)の卒業生
恨(ハン)多き二人の女
二筋の涙の中に
ミョンドン(明洞)の12人の男
干潟の中の女
特攻外人部隊
息子娘探して千里の道
愛人教室
天風
9月の喫茶店
祝杯
いつもあなたと一緒に
死んで話す女
70人の女囚人
心はジプシー
君と私そしてもうひとりの私
野女
地獄の招待状
キム・ドゥハン(続,第3部)
天下無敵
10代の栄光
西北青年
キム・ドゥハン(続,第4部)
脱出
毒蛇
首弟子
王龍
国際警察(Interpol)
トクスリ前線
許された女
愛の旅人
ピョンヤン(平壌)の秘密指令
空輸特攻大作戦
雪国
花靴
愛と死の記録
夕立ち
青春の扉
碑木
永遠の関係
光焔ソナタ
外人たち
女の部屋
友よ静かに行ってくれ
氷点’81
深夜に突然
愛の奴隷
私が愛した
夜が崩れる時
外泊
私が最後に見た興南(フンナム) [第22回 大鐘賞映画祭/作品賞(反共部門)]
罠の女 【女対女】
19歳のおかっぱ頭
目くばせから身振りまで
華麗な変身
第2の性
危険な香り(夫婦)
ミリ・マリ・ウリ・トゥリ
ソウル・パッション 汚れた愛欲 【売春2】
バイオレンス・コネクション 処刑警察
わが妻を悲しくすることども
奉聖夫人
錦炳風月
絵日記
[最終更新] 2019-07-28

 



【BACK】 (一覧ページへ)