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大鐘賞映画祭
대종상  Grand Bell Awards

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政府が主管する映画部門唯一の賞で,1958年から文教部(現:教育部)により実施された<国産映画賞>を第2回から公報部(現:文化観光部)で主管し,1961年に<大鐘賞>と名称を変えて,1962年に第1回授賞式を開催した。

その後,1969年(第8回)と1970年(第9回)の時,<大韓民国文化芸術賞(映画部門)>と名称を変え,1971年(第10回)から<大鐘賞>に戻し,現在に至る。

1973年〜1978年(第12回〜17回)は,文化観光部と映画振興公社が共同主催し,1979年〜1985年(第18回〜第24回)は,映画振興公社が単独で行事を主催した。

1986年(第25回)は,映画人協会と映画振興公社の共同主催で行い,この時から社団法人映画人協会が本格的に参加した。

1992年(第30回)からは,民間企業が参加し,サムソン(三星)グループが財政後援を担当した。これに伴い,行事主催も映画人協会とサムソン(三星)グループの共同で行われた。

1994年(第32回)からは,サムソン(三星)系列のサムソン(三星)美術文化財団が代わって参加し,映画人協会とサムソン(三星)美術文化財団の共同主催に変わった。

1998年は,IMF経済危機によってスポンサーが見つからない等の理由で開催されず,翌年に延期された。

初めは,優秀作品,監督,演技,撮影,音楽,美術,脚本など,18部門で授賞したが,1966年(第5回)から1985年(第24回)までは,優秀作品賞の他に反共関連映画賞(優秀反共映画賞,反共映画脚本賞など)を増設し,1989年(第28回)には,功労賞など4部門を追加し,26部門を授賞した。

1970年代,1980年代には,反共的であり,国家政策を広報する指向が強い映画に主に授賞された。

以後,多様な映画ジャンルの登場とともに多くの変化をもたらしたが,特に1992年(第30回)に政府主導から民間主導で変わってからは,真の映画関係者の祭りに位置することになった。

また,過去には,作品性に審査基準が集中していたが,今は,マスコミや一般観客の多様な観点がたくさん反映されている。

現在は,主管:大鐘賞映画祭組織委員会,主催:(社)韓国映画人綜連合会,後援:文化体育観光部/画振興委員会,協賛:企業各社で開催されている。