輝国山人の韓国映画
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自由万歳

8.15解放直後,韓国映画界を代表する人物が参加して作った本格的な劇映画であり,抗日と光復(解放)を素材にした映画という点で,映画史的な意味がある作品

1945年8月のソウル。独立運動をして日帝の手先なんぶ(南部)の離反で逮捕され,監獄にいたチェ・ハンジュン(崔漢重)は,脱出に成功して大学病院の看護婦ヘジャ(恵子)の家に隠れる。

ハンジュンの地下組織は,予定通り武装蜂起を起こすために準備をしている間,パク(朴)がダイナマイトを運ぶ途中で日本の憲兵に捕えられる。ハンジュンは,パクを救出して,なんぶ(南部)の恋人であるミヒャン(美香)のアパートに避けて身を守る。

ハンジュンを隠したミヒャンは,彼に魅了されてハンジュンの地下組織がある地下室に訪ねて行って情報と資金を伝達する。

ミヒャンは,尾行したなんぶ(南部)とヒョンビョンによって銃に撃たれて死に,ハンジュンは,重傷で大学病院に移される。

ハンジュンを思慕したヘジャは,憲兵が寝ついた合間を利用して彼を脱出させる。

[制 作 年] 1946年
[韓国封切] 1946年10月21日
[観覧人員] 150,000人
[原    題] 自由万歳 자유만세
[英 語 題] Hurrah for Freedom
[ジャンル] アクション,メロドラマ,活劇
[原    作] 
[劇  作] チョン・チャングン(全昌根)
[撮影台本] チェ・インギュ(崔寅奎)
[監    督] チェ・インギュ(崔寅奎) [第 作]
[助 監 督] ホン・ソンギ(洪性麒)
[撮  影] ハン・ヒョンモ(韓N模)
[照  明] キム・ソンチュン(金聖春)
[音    楽] チョ・ベクポン
[美    術] チョン・ギョンジュン

[出    演] チョン・チャングン → チェ・ハンジュン(崔漢重) 独立運動家
      ユ・ゲソン     → ミヒャン(美香) ブルジョアの娘
      キム・スンホ    → パク(朴)

      (次の2人は,削除画面となったためか,画面がない。下記[お ま け]を参照)

      ファン・リョヒ   → ヘジャ(恵子) 大学病院 看護婦
      トク・ウンギ    → なんぶ(南部) 日本の憲兵司令部

      ポク・ヘスク    → ヘジャ(恵子)の母
      ハン・ウンジン   → 
      ハ・ヨンナム    → 
      ユン・ボンチュン  → ホン  [映画監督]
      カン・ゲシク    → 
      チョン・テギ    → 
      ソン・オク     → 
      トク・ウヨン    → 日本の憲兵隊組長 なべ
      キム・ボクチャ   → 




[受    賞] 
[映 画 祭] 
[時    間] 60分
[観覧基準] 全体 観覧可  
[製 作 者] チェ・ワンギュ(崔完奎)
[制作会社] コリョ(高麗)映画株式会社
[制 作 費] 
[D V D] 日本発売なし
[レンタル] 
[撮影場所] チョンヌン(貞陵)渓谷
      ソウル大学病院
      ヘファ(恵化)洞
      トンアム(敦岩)洞
      アヒョン(阿[山見])洞
[M-Video] 
[You Tube] [You Tube] https://www.youtube.com/watch?v=l2uu9hJsjSk

[Private ] K-DVD(ALL)【72】韓国映像資料院 古典映画コレクション

       映画紹介(韓国映像資料院長 イ・ヒョイン)
          
       映画資料集
       ・映画評論家 キム・ジョンウォン,<自由万歳>を話す
       ・写真資料集(スチールギャラリー)
       ・ポスター
       ・<自由万歳>の遺失場面シナリオ 
       ・出演陣および制作陣 紹介
         チェ・インギュ,ハン・ヒョンモ チョン・チャングン,
         ユ・ゲソン,ファン・リョヒ

[解説資料] 韓国映画100年史 その誕生からグローバル展開まで(鄭j樺 [著] )94頁

[お ま け] ・最初のクレジット
        この映画は,1946年度クァンボク(光復)初期の困難な与件の中で制作され
        た我々の映画の記念碑的な作品です。
        その後,29年を経過する間,6.25事変など歴史の激動を経ながらも,奇跡的
        に保管されてきました。
        実に惜しいことに完全品として保管することはできず,いくつかの場面が欠
        けています。
        この点を観客の皆様におかれては,寛大に理解していただきますようお願い
        します。

      ・日本支配下にあった1940年代に<国境>,<太陽の子供たち>など,数々
       の作品を制作し,朝鮮映画界に多大な功績を残したチェ・インギュの演出で,
       兄であるコリョ(高麗)映画社チェ・ワンギュ(崔完奎)が制作した。

      ・脚本のチョン・チャングンが,主演も務めた。

      ・日本の東宝映画社で撮影を学び帰ってきたハン・ヒョンモ,韓国映画照明技
       師の第1世代であるキム・ソンチュン,韓国映画最初の編集技師であるヤン・
       チュナムなどが参加した作品

      ・文化財庁第343号文化財登載フィルム(2007.9.17)



      韓国映像資料院 古典映画コレクション

      <自由万歳> 作品紹介
       〜韓国映像資料院 映画史研究チーム チョン・ジョンファ(鄭j樺)〜

       ・<自由万歳>は,8.15解放直後,韓国映画界を代表する人物が参加して作った
        本格的な劇映画であり,抗日と光復(解放)を素材にした映画という点で映画
        史的意味がある作品だ。

       ・チョン・チャングン(全昌根)の脚本とチェ・インギュ(崔寅奎)の演出で,
        高麗映画社チェ・ワンギュ(崔完奎)が制作したし,日本東宝映画社で撮影を
        学んで帰ってきたハン・ヒョンモ(韓N模),韓国照明技師1世代であるキム
        ・ソンチュン(金聖春),韓国映画最初の編集技師であるヤン・ジュナム(梁
        柱南)などが,参加した。

       ・1946年は,<自由万歳>の年であった。

       ・光復(解放)映画という歴史的意味を含んでいるこの作品は,当時,観客の大
       きな支持を受けた興行成功作でもあった。

       ・解放前まで明治座と呼ばれた国際劇場で10月21日に封切りしたこの映画は,興
        行がうまくいったという程度ではなく,観客で劇場が炸裂していったと,生前
        のチョン・チャングンは回顧した。

       ・解放の感激と共に集まってきた私たちの手で作った劇映画,すなわち,作品の
        内容と封切り時期,そして,観客の熱狂的な興奮が合致したのだ。

       ・地下運動家役のチョン・チャングンを思慕する看護婦として登場する新人ファ
        ン・リョヒの出演も,当時,学生観客を劇場に集める一等功労者だった。

       ・京畿女子高出身者が映画俳優になるというのは,当時でも想像できなかったこ
        となので,「解放がまさにこういうものだな」と考えたということだ。

       ・<自由万歳>は,日帝に抵抗する精神を込めた光復(解放)映画というテキス
        トの上に,アクション映画とメロドラマというジャンル映画の慣習を同時に溶
        かし込んだ作品だ。

       ・事実,チェ・インギュは,韓国映画に大衆映画の面白味の根を下ろした監督と
        して評価することができる。

       ・撮影に関する博学な知識を基に,一場面演出と速度感ある編集を通したアクシ
        ョン・シークエンス演出は,彼が,すでに映画言語についての自意識を持った
        監督であったことをよく見せる正念場だ。

       ・<自由万歳>には,4つのアクション・シークエンスが演出されるが,映画の
        序盤にハンジュンが刑務所を脱走する場面,ハンジュンが自転車に乗って行っ
        て日本憲兵に引きずられて行くパクを救出する場面,交差編集で開始するミヒ
        ャンを追いかけてきた憲兵との銃撃戦場面,映画の最後の部分で看護師ヘジャ
        がハンジュンを脱走させる場面がそれだ。

       ・当時,観客の緊張感をかもし出すには充分だと見られるこの場面には,おもし
        ろいことにレコードから引用した一つのバックミュージックが間違いなく登場
        する。

       ・また,同時代のハリウッドメロドラマで使ったような背景音楽も登場するが,
        ハンジュンとヘジャ,南部とミヒャン,ハンジュンとミヒャンという愛情構図
        基に進行される通俗的な叙事に適切に機能している。

       ・現在,この映画のプリントは,1946年に作られた当時の完全な状態ではない。

       ・1975年頃,さらに付け加えた映画の冒頭字幕で話しているように,映画が進行
        する中間中間に,多数のフレーム,あるいは,場面が抜けていることを知るこ
        とができる。

       ・特に,プリントの最も最後の部分には,映画が急に中断され,1975年頃,ある
        いは,その後さらに付け加えられたのが確実な,「ありがとうございます」と
        いう字幕と,とんでもない音楽が登場したりもする。

       ・韓国シナリオ選集1巻に載せられた<自由万歳>シナリオと比較してみれば,
        抜けている場面についての探査が可能だ。

       ・まず,シナリオ上の結末を参考にしてみれば,脱出に成功したハンジュンが,
        闘争のためにヘジャと別れて,パク兄と旅立つ姿,解放を迎えたチョンノ(鍾
        路)の街の姿が入った最後の場面が抜けている。

       ・だが,チョン・チャングンは,生前のインタビューで,自由万歳の最後の場面
        を次のとおり回顧したりもした。

       ・看護婦ヘジャ(ファン・リョヒ)の助けで脱出に成功するが,まもなく日本憲
        兵隊がサイドカーでチェ・ハンジュン(チョン・チャングン)を追撃して,山
        中銃撃戦の果てに,ハンジュンは死ぬことになる。

       ・その時間が,まさに1945年8月15日の夜が明ける前の明け方だった。

       ・結末部の遺失を除いて特に注目する部分は,主に警察部査察主任南部と,彼の
        情婦ミヒャンが一緒に出てくる場面が抜けているということだ。

       ・チョンジュ(清州)大学キム・スナム教授は,警察部査察主任で登場するトク
        ・ウンギが北に行ったので,彼が登場する場面を削除してこそ,映画を上映で
        きたと指摘する。

       ・当時の検閲問題のために仕方なかったことという彼の意見は,説得力がある。

       ・例えば,ユランが,湯飲み茶碗を借りにミヒャンの部屋に入ってきて,南部と
        出くわす場面で,シナリオ上では,南部とミヒャンの対話場面が先行している
        が,映画では,ユランが入った時,部屋を出て行く南部の後ろ姿だけ残ってい
        る形だ。

       ・おもしろい点は,シナリオで南部の自動車が道行く人をはねる場面が,映画では
        一部だけ残っているが,「憲兵司令部なべだ」と自分の身分を明らかにする劇中
        南部役のクローズアップ人物が,トク・ウンギではないという事実だ。

       ・クローズアップされた人物は,映画後半部の銃撃戦では,ミヒャンを撃つ憲兵と
        しても登場するが,シナリオの同一シーンを調べてみれば,彼は,憲兵隊組長役
        に考えられる人物だ。

       ・チェ・インギュは,トク・ウンギの場面を切り出したりしたが,ナレーティブを
        追求する重要な悪役である南部を完全に消すことができなかったし,結局,憲兵
        隊組長のクローズアップを再編集して入れたと判断される。

       ・詳しく調べてみれば,自動車に乗っている南部役に代わった憲兵隊組長のクロー
        ズアップは,NGカットを無理に編集していたことが分かる。

       ・トク・ウンギの場面が削除されたという決定的な証拠は,オープニング・クレデ
        ィットだ。

       ・出てくる人々 チョン・チャングン,ユ・ゲソン,キム・スンホ,次の画面で,
        ポク・ヘスク,ハン・ウンジン,ハ・ヨンナムの名前が出てくるが,その間に,
        トク・ウンギの名前が出てくる画面が削除されたと推測して見ることができる。

       ・女主人公であるファン・リョヒの名前が抜けているのも,その画面にあったため
        と察して見ることができる。

       ・だが,除外された場面は,チェ・インギュが,チョン・チャングンのシナリオを
        映画化する過程で,撮影台本作成時,あるいは,編集過程で省略した可能性も排
        除することはできない。

       ・今後さらに研究が必要な地点として残るところだ。

       ・イ・ギュファン監督の回顧によれば,チェ・インギュは,非常に善良な人だった
        が,作品のためには,格別な欲と執念を燃やしたし,演出のためには,俳優の生
        命が危険な状況に置かれることも,はばからなかったという。

       ・例えば,城壁の上で決闘場面を撮影する時,実際に俳優を断崖から転がるように
        したり,川の上の橋をあらかじめ切断させておいて,知らずに走って行った俳優
        が,水の中に容赦なく逆さまに落とすといったやり方だった。

       ・<自由万歳>の導入部で,ハンジュンと一緒に脱出したチャングンが,日本憲兵
        の銃に撃たれて落ちる場面が通常でなく見えるのも,チェ・インギュの映画的欲
        を察するようにする場面だ。

       ・余談だが,死んだチャングンのクローズアップショットで,他の俳優に交替させ
        られたのは,いったい何の理由であったのだろうか。

       ・元老芸術家パク・ヨングは,6.25以前の代表作として,ユン・ヨンギュの<心の
        故郷>(49)とチェ・インギュの<自由万歳>を挙げた。

       ・彼は,チェ・インギュがいたから,韓国の映画史が変わったと判断した。

       ・50年代の代表的な監督であるハン・ヒョンモ,ホン・ソンギ,韓国映画の聖主に
        なったシン・サンオク,そして,アクション映画の巨匠チョン・チャンファが,
        彼が排出した人物であるためだ。

       ・今や,チェ・インギュの映画世界が,以後の韓国映画にどんな影響を及ぼしたか
        を明らかにすることが宿題として残った。



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