「TIMELESS」ショウビズの頂点に感動

豪華さもまたよし

最近アマゾン病?でいろいろ買ってしまった中の1枚,バーブラ・ストライサンドのライブ活動引退記念コンサートDVD「TIMELESS」を見た。それはもう準備万端整えて,あらゆる邪魔を事前に排除して臨んだよ。2度目からはともかく,最初は絶対に途中で気を逸らされたくない。

映画でもそうだけど,自分にとっての封切りは大事にしたいのだ。第一印象は後を引くからね。だから食後の睡魔のことまで考えて時刻を待ち,おもむろにプレイボタンを押した。

いや〜これはすばらしかったよ!

ショウビジネスの国アメリカは,ステージの洗練や趣味やセンスにおいてさすがと言えるくらい見事な文化を持っているけど,まさにその頂点を見せてもらったという感じだ。単にお金がかかっているだけではない,真の意味でのリッチな,あるいは豪華なステージであり,見終わったこちらはもうひたすら感服するばかり。観客たちの顔からも最高に満足している様子が伝わってくる。

そりゃそうだろう。いくらアメリカがショウビズ大国といってもこれだけのステージはそうそうお目にかかれないのではないか。なんと言ってもバーブラ・ストライサンドという空前の歌姫の才能,魅力,パフォーマンスが圧倒的だ。日本での彼女の知名度や人気は決して高いとは言えないが,このグレードを知らずして歌や舞台について語るなんて恥ずかしくてできないよ。ホントにそう納得できてしまうのだ。

演出もまた見よ

ステージ上の大スクリーンに映し出された時計と歯車,その前でタップを踏む一人の男,やがて時計の針は逆方向に回りはじめ,時を遡って50年代のニューヨーク。ステージには歌のレッスンを受ける女の子が登場する。少女時代のバーブラの様子が演じられ,音楽が流れ出すと歌っている少女がマジックの早変わりのように入れ替わってバーブラ本人が登場する。観客大歓声。もうここまでのイントロで完全につかみはオッケーの状態だ。上手いよ〜。

大歌手であるだけでなく,アカデミー賞も獲得したベテラン女優,そして自らも映画監督である彼女自身がプロデュースしているのだから上手いのは当然と言えば当然なのだが,この構成や演出は本当に見事だと思う。通して見るとそのことがよくわかる。

特に映像を舞台装置として縦横に駆使した構成が特徴的で,演出家としてのバーブラの好み,あるいはカラーといったものがよく伝わってくる。だからステージの大スクリーンは必需品みたいなものだ。ある時はゲストと語り,ある時は過去の名優たちと共演し,そしてまたある時は昔の自分とデュエットする。

その部分の細かなネタの出し入れが本当に上手いのだ。軽々とやってるように見えるけどこれは周到な準備と相当に綿密な計算の上で成立している絶妙なパフォーマンスだと思った。エンタテインメントとしての凝り方は前回ほどではないが,今回は彼女の人生を振り返るというテーマが印象的。まあこれでステージ活動から引退するわけだからね。

少女バーブラ役に驚愕

このライブでのもうひとつの驚きは,冒頭から登場する少女時代のバーブラを演じている女の子である。ローレン・フロスト Lauren Frostという若手女優・歌手なんだけど,この子がもうめちゃめちゃ上手いのである。たまげるよ!

ルックスからしてバーブラに似ているんだけど,とにかく歌が上手い,それも半端じゃなく上手い。舞台度胸もある。さすがはショウビズ大国,この分野での人材の厚みはすごいねえ。なにしろ「あの」バーブラ・ストライサンドと「歌で」共演するんだよ。並の歌手なら足が震えるぞ。

こんな子をよく見つけてきたもんだなあと感心するけど,もしかしてこういった才能がごろごろしているのがあの国の実力なのか?あの国には日本のアイドルと同じ世代でバーブラ・ストライサンドとデュエットできる子がいるのだ。恐れ入る以外に何ができよう。

その象徴的なシーンがある。コンサート前半最後の曲「A Piece Of Sky」は映画「愛のイェントル」からの曲なんだけど,ここでは映画の中のバーブラとステージのバーブラが共演する。この曲でのこの演出は前回のコンサートでも使われてたいへん盛り上がったので,おお,あれの再現だ〜と思って見ていたら,なんと,そのクライマックスで今度はフロスト嬢演じる少女時代のバーブラが加わった3人の共演になるのである。

スクリーンは3分割され,少女時代,ハリウッド時代,そして現在の3人のバーブラが熱唱する。鳥肌が立ったね。

考えてもみてほしい。2人のバーブラ・ストライサンドがデュエットしているその中に加わって見事に歌い上げるってことが十代の少女にとってどれだけたいへんなことか。それをやってのける才能があの国のショウビズ文化の中にはちゃんと育っているのだ。観客の熱狂ぶりが僕には羨ましかった。

カウントダウンも豪華に

これは1999年の大晦日の夜から年をまたいで行われたコンサートで,日本でもよくある年越しライブにもなっている。それも新たな千年紀を迎える節目の夜だ。コンサートの中でも新年を迎えるカウントダウンが行われる。

このシーンの盛り上がりがすばらしい。バーブラは愛する夫をステージに上げ,ともに新しいミレニアムを迎える。その瞬間,会場にはものすごい紙吹雪が舞い,人々は熱く抱擁し,キスを交わして盛大に新年を祝う。ついでに花火もだ。それだけならどこの年越しライブでも大なり小なり目にする光景だが,何しろ会場といい,主役といい,音楽といい豪華そのものなので,その映像自体が実にぜいたくに感じるのだ。

ああ,新しい年おめでとう,ほんとうによかったね,とこちらまで目頭がうるんでくるほどで,まさか行く年来る年で泣けるとは思わなかったよ。場所はラスベガスのMGMグランドという豪華ホテルなんだけど,さすがにショウビズの聖地は違うねえと心から納得してしまった。

そうか,向こうでも「蛍の光」で新年を迎えるのか,と妙に既視感をおぼえたり,観客がそろってペンライトを振るのは日本のアイドルのコンサートだけじゃなかったんだ,とか様々な発見?もあるが,それはまあ些細なこと。まずはこのスケールとグレードを堪能しなくては。

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バーブラはよくしゃべり,観客もたいそうゴキゲンなのだが,輸入盤DVDなので日本語の字幕などはない。それが残念ではあるけど,そのへんはWOWOWで放送された短縮版でカバーするとして,このステージのすばらしさはやはり映像付きでないと完全には伝わらない。CDもいいけど,これはやはりDVDを見ておくべきショウビズ界のひとつの「歴史」だと思った。

愚かな戦争バカのおかげで地に堕ちつつあるあの国への感情を慰め,ああ,アメリカっていいなと思わせてくれる見事な舞台。まさに「TIMELESS」というタイトルにふさわしい,見終わってため息が出るほど充実した127分であった。