輝国山人の韓国映画
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兵丁様(原題:兵隊さん)

第2次大戦末期に日本軍に召集されて前線に向かう韓国青年たち。両親は,前線へ向かう息子を眺めて国民になった光栄を感じるという内容の軍国主義御用映画

日帝崩壊の気勢が濃厚な第2次大戦末期,朝鮮人である平松善基(ナム・スンミン)と康本瑛一(トク・ウンギ)は,志願兵としての入隊を控えている。

朝鮮総督府総督の手紙が,それぞれのお母さんに配達されると,彼女たちは,非常に光栄がる一方で,相変らず入営する息子が心配でもある。

平松と康本,そして孫田陽平(チェ・ウンボン)は,群衆の歓送を受けて入隊する。

彼らは,身体検査を通過した後,支給された軍服を着て初年兵になる。

彼らは,兵営生活が,訓練は厳格だが,食事とおやつも豊かに食べることができて,入浴と洗濯も清潔にすることができる立派なところであることを悟る。

公休日には,家族との面会や家への外出も自由だ。父親の病気見舞いで休暇をもらって故郷に帰った安本は,徴兵検査前の青年たちと両親たちを集めて,軍生活は決して大変じゃない,誇りを持って入隊しろと言う。

平松を含む11人は,一等兵に進級して,部隊には慰問公演が開催される。ちょうど康本の父母が,面会と部隊見物をする。

平松と安本は,それぞれお母さんに上級兵に進級したという手紙を書き,実戦を彷彿とさせる野外訓練で,班長は,みんな素晴らしい軍人になったとほめる。

第3内務班一同が集合命令を受けて,平松と孫田は,野戦配置命令を受ける。除外された安本は,悔しがるが,後輩たちを世話する任務も重要なことを悟る。

平松の家族は,彼の送別会を開いてくれて,お母さんは,総督が送った手紙を始まりに良い縁を結ぶことになったと話す。

平松と孫田は,軍装を整えて練兵場に集合する。野戦兵は,部隊長に敬礼した後,戦場へ行軍を始める。

[制 作 年] 1944年 [韓国封切] 1944年6月22日〜28日(全鮮順次封切り) [観覧人員]  [原 題] 兵隊さん [韓 国 題] 兵丁様 병정님 [英 語 題] Dear Soldier [ジャンル] ドラマ,啓蒙 [原 作]  [脚 本] 西亀元貞(にしき・もとさだ) [監 督] パン・ハンジュン [第8作] [助 監 督]  [撮  影] 瀬戸明 [イ・ミョンウ(李明雨)の創氏名] [照  明] キム・ソンチュン [音 楽] 朝比奈昇 [キム・ジュニョン(金駿泳)の創氏名] [美 術]  [武 術]  [出 演] ナム・スンミン  → 平松善基       トク・ウンギ   → 康本瑛一       チェ・ウンボン  → 孫田陽平       キム・イルヘ   → 平松善基の兄 平松忠基       キム・ヤンチュン → 平松善基の母       ソ・ウォリョン  → 康本瑛一の父       チョン・オク   → 康本瑛一の母 康本粉伊       ホン・チョンジャ → 平松善基の妹 平松貞嬉       キム・リョン   → 平松善基の兄嫁       イ・グムニョン  → 康本瑛一の村の年寄り       キム・ハン    → 康本瑛一の村の年寄り          チェ・ウンヨン  →    (崔銀燕)       慰問公演        マ・グミ(馬金喜)    → ソプラノ        平間文壽         → テナー        ケ・ジョンシク(桂貞植) → バイオリニスト        チョ・テグォン(趙澤元) → 舞踊家        イ・ヒャンナン      → 歌手 満映のスター        (李香蘭:りこうらん)    [受 賞]  [映 画 祭]  [時 間] 100分(白黒,日本語) [観覧基準]  [制 作 者] 田中三郎 [制作会社] 朝鮮軍報道部 [制 作 費]  [D V D] 日本発売なし [レンタル]  [撮影場所]  [M-Video]  [Private ] K-DVD【67】 韓国映像資料院 発掘された過去3(2008年) [お ま け] ・映画の冒頭には,「此の一編は軍隊生活の根底に湛えられて居るおほらかな余裕        誠實な人間性を通して厳格なる訓練と家庭的な内務生活を併せ紹介せんとするも        のである」という文字が現れる。       ・韓国映像資料院 発掘された過去3 「兵丁様(原題:兵隊さん)」2008年(DVD)         添付 ブックレット から        <兵丁様(兵隊さん)>作品解説         〜植民地青年は,どのように兵士として訓育されるのか〜           イ・ファジン(韓国映画史 研究者)         1944年6月22日に京城の六つの映画館で同時に開封された<兵丁様(兵         隊さん)>(1944)は,朝鮮軍報道部が<君と僕>(1941)に続き,2番目に制作         した長編劇映画で,陸軍中尉 林得一が,朝鮮映画社のスタッフと俳優を制作         中隊に編成して制作を総指揮した。         <君と僕>以後,3年ぶりに朝鮮軍報道部が制作の前面に出たことは,本格的         に徴兵制が施行される1944年時点で,適齢期の朝鮮青年とその家族たちの         徴兵に対する拒否感を解消しなければならないという問題に当面したためだ。         かつて,朝鮮人にも徴兵の義務を賦課しろと要求した急進的な内鮮一体論者は,         朝鮮人が徴兵の義務を負担すれば,民族差別を撤廃して,参政権と義務教育な         ど日本人と同等な権利を保証されることと期待した。         もちろんこれは,一部朝鮮人エリートの純真な運動だっただけで,徴兵制の施         行が,そのまま市民権獲得を意味するものではなかった。         しかし,このような交換論理が持つ談論効果のためなのか,この時期の色々な         宣伝物は,朝鮮青年たちが喜んで徴兵に応じる時に,いよいよ「本物の日本国         民」になるという点を強調した。         例えば,法人朝映が徴兵制実施の記念映画として制作した<若き姿>で,中山         は,徴兵令がおりた時,「今や堂々とした。もう本当に日本国民になるんだな。」         と胸の中から滲み出た叫びがあったと話して,朝鮮人数学教師の松田は,それ         まで「本物の日本人」でなかったので,「同じ日本人」としてむなしさを感じて         きたと告白する。         <若き姿>が,徴兵制宣言を内鮮一体実現の証拠であり,朝鮮人の「本当に日         本人なること」の一段階として提示したとすれば,<兵丁様>は,「日本人に         なること」の問題よりは,徴兵制に対するより一層実際的な問題を扱って,朝         鮮人への啓蒙に注力した。         <兵丁様>を話題にした『国民文学』の座談会「軍と映画−「兵隊さん」を中         心に」(『国民文学』1944年6月)で,いくつかの参席者が,「ニューギニア         に一度も行ったことがないが,必ず行かなければならない人に,ニューギニア         の真の姿を教えること」と同じだと比喩したように,<兵丁様>は,徴集され         る青年とその家族に兵営という所はどんな所かを紹介することによって,「軍         隊」という未知の世界に対する不安と恐怖を払拭することを目的とした。         したがって,「どうかこの映画に依って軍隊の知識を得て下さい」という宣伝         文句(『京城日報』1944年6月20日付広告)で考えられるように,「軍隊とい         うのはどんな所なのか」に対する応答を見せるのに焦点を合わせる。         映画は,京城の上流家庭出身である平松善基(ナム・スンミン)と平凡な農村         出身である康本瑛一(トク・ウンギ)が,学徒志願兵訓練所に入所して,厳格         ながらも暖かい兵営生活を通じて,立派な軍人に成長する過程を描いている。         カメラの視線は,あたかも彼らの両親兄弟が兵営を見学するように内務班と練         兵場,物品販売所,食堂,面会室,さらには浴場に至るまで,兵営あちこちで         繰り広げられる軍人の日常をおとして行く。         部隊に配置された後,身体検視を受けて内務班に編成され,軍服と官給品を配         給されるなどの入隊手続き,朝点呼と掃除、聯隊内駆け足および教練訓練,小         銃支給と射撃教練だけでなく,物品販売所でのおやつ,平時の面会と外出など,         兵営生活のあれこれを詳細に見せる一方で,外側で考えていることと違い,殴         打もなく,一般家庭よりさらに栄養価ある食事が提供され,羊羹やしるこ,饅         頭などのおやつもあるとして,兵営の快適さを宣伝する。         このために<兵丁様>は,従来の他のプロパガンダ映画よりも一層,文化映画         と似た容貌を見せる。         映画は,善基と瑛一をほとんど似た比重で扱いながらも,瑛一を啓蒙される対         象というより,最も啓蒙的な発話者に設定する。         これは,まもなく徴集される数十万の青年たちが,ほとんど農村出身であるた         めであると見える。         軍隊が,想像したより暖かくて安楽なところだと自覚した瑛一は,父親の病気         で臨時休暇をもらって行った故郷で,村の人々を集めて,「兵営は軍人の家庭」         とか,「みんな,心配せずに徴兵検査を受けて誇りをもって入隊し,ご両親も,         安心して大切な息子さんを軍隊に送ってください。」と薦める。         この時,観客は,瑛一の前に集まって座った村の人々のように,彼の演説を聞         いて啓蒙される者の位置に置かれることになる。         映画<兵丁様>で特に注目して見るべきことは,戦時動員の基礎単位として,         家庭がどのように呼び起こされるかという点だ。         映画の序盤部,入隊を控えた善基と瑛一の家に配達された総督の手紙は,総力         戦体制下で拡大した家族国家主義を圧縮的に見せる。         総督の手紙は,息子の武運長久を祈って嬉しい気持ちで戦場に送る「軍国の母」         を呼び起こさせる。         息子を何の抵抗もなく戦争へ動員させる母という,この新しい母性が,「兵営         は,まさに軍人の家庭」というスローガンと共に並列的に配置されることによ         って,映画の中で家庭と軍隊(あるいは国家)は,あたかも両親と養父母の関         係のように堅固に結束する。         瑛一と善基,そして愚かに見えるが誠実な孫田(チェ・ウンボン)等が,凛々         しい軍人に成長していく兵営は,家庭と国家が結束する場所である。         桜の花が見事に咲いた春の日,京城の訓練所を訪ねてきた康本夫婦         (ソ・ウォリョンチョン・オク)は,息子ではなく,佐原班長への面会を申         し込む。         彼が,「兵営は軍人の家庭であり,将校,下士官,兵士が一つの心で両親兄弟         のように仲良く互いに助けながら愉快に生活する所」ということを教え悟らせ         るが,これは,軍営が,息子を忠良な皇軍に育てる,また別の家族であると考         えられているためだ。         ここに付け加えて,映画は,善基と瑛一の母の他にも,前線に出て行った男性         を内助して助力する色々な銃後の女性たち,彼らの空席を見回って世話する父         兄と村の人々を見せることによって,家族を中心に結束した後方の風景を描い         て行く。         朝鮮軍報道部は,シナリオを執筆した西亀元貞を除いては,主なスタッフと俳         優たちを朝鮮人から起用した。         同じ年にすでに<巨鯨傳>をリリースしたパン・ハンジュンが演出を引き受け         たし,撮影はイ・ミョンウ,音楽はキム・ジュニョンが担当した。         「半島用」として制作しながらも,10分間余りにかけた慰問公演の場面は,         満映のスター李香蘭をはじめとして,ソプラノ,マ・グミ(馬金喜)とテナー,         平間文壽,バイオリニスト,ケ・ジョンシク(桂貞雄),舞踊家チョ・テグォ         ン(趙澤元)などを出演させて,派手な陣容を自慢したし,これらの名前を前         に出して映画を広報した。         これは,当時の観客に一種の「アトラクション」機能を果たしたと考えられる。         今日の観客には,おそらく,平松貞嬉(ホン・チョンジャ)と青木さいじゅん         が善基の安寧を祈って作る千人針とか,家族と村の人々が将兵たちに色々な貴         重品を用意して入れた奉公袋,出征軍人を歓送する壮行会等,見知らぬ戦時の         風俗が興味深く感じられるだろう。         映画<兵丁様>の究極的なメッセージは,「軍隊は男性を立派な日本国民に成         長させる所だ。あなたの息子,あなたの夫,あなたの兄弟が躊躇なく徴兵に応         じるようにしなさい。」ということだ。         しかし,彼らが誰のために銃を取って血を流すのか,そしてなぜ植民地の青年         たちが日本軍人にならなければならないのかのような本質的な質問は投げられ         ない。         戦争と暴力の無慈悲さを隠蔽したまま,映画は,申し分なく和やかで安楽な空         間として美化された兵営で,植民地の青年たちが,どのように兵器として飼い         慣らされるかを見せるだけだ。         あなたも(あなたの息子/夫/兄弟も)喜んで兵士にならなければならないとそ         そのかして。


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