交わらぬ運命

遠い日に旅に出て

僕の本格的な音楽体験は中学生になったときに始まった。以前にもちょっと書いたが,入学祝いに買ってもらったソニーのカセットテレコがきっかけだった。

まだウォークマンはおろかラジカセすら存在しない時代,オーディオといえば高価なオープンリールとでかいターンテーブルが象徴する古き良き時代である。一般向けの新型カセットテープレコーダーは中学生になったばかりのガキには夢のようなハイテク機器であった。

ソースはテレビとFMくらいしかなかったが,その頃録音した曲はその後の僕の音楽体験と好みの原点になった。オリジンである。

しばらくしてステレオを持つ身になると,当然それらの曲がレコードとして欲しくなった。あっさり手に入るものもあれば長い間お目にかかれないものもあったが,この「あの時のあの曲を」という気持ちはどなたにもわかっていただけるはずだ。思えばこの頃から,僕にとっての音楽的オリジンに再会するための旅は始まっていたのだ。

以来,長い歳月が流れ,それらの曲の大半を僕は手に入れた。CDの普及もあったし,こちらも社会人になって経済力が増したということもある。加えて,かつて幻に思えた曲もどんどんリリースされる時代になっていた……。

旅の途中 その1

この数十年の間,いろいろな曲を手にしてきたが,かつてのオリジンを探し求める旅は最終的に3つの曲に象徴されることになった。その第1はボサノバの父,アントニオ・カルロス・ジョビンの「潮流」である。

今ではCDで簡単に手に入れられるこの曲も,かつての僕にとっては幻の名曲であった。例のテレコで録音した最も記憶に残るオリジンのひとつ。僕がボサノバ好きな中学生という今思えば妙な少年になったのもすべてこのすばらしい1曲のせい,いやおかげだ。

一般的には「イパネマの娘」と並んで彼の代表作とされる「波」という曲の方が有名だが,この「潮流」は曲調も雰囲気も演奏もその双子の姉妹曲と言ってもいい曲だ。ファースト・コンタクトの影響のゆえか,僕にとってはこの「潮流」こそがジョビンの代表作である。

何しろネット検索などは遙か未来の超技術という時代のことである。ただの高校生にはLPの情報を探すことすらままならない状況では,時がくるのを辛抱強く待つしかなかった。

旅先でレコード屋を目にしたときは必ず探す習慣がついに実を結んだのは,初めてこの曲を聞いてからほぼ10年後のことだった。所用で上京した折,新宿の紀伊国屋書店のレコード売場で発見したときの衝撃は今でも覚えている。何度もまばたきして「本物だ」と実感できたときの喜び!

僕はそのLPをずっと抱きかかえたまま帰りの飛行機に乗っていた。

旅の途中 その2

長い間探し求めた第2の曲はアメリカのテレビドラマ「拳銃とペチコート」のテーマソングである。60年代の西部劇コメディで,実に面白いシリーズだった。

まだカラーテレビのあるお宅が珍しかった時代,僕はこのドラマをお金持ちの同級生宅で毎週のようにカラーで見せてもらっていた。至福だったなあ。家族全員が凄腕のガンマンという一家をめぐるドタバタで,後にLDで海外ドラマの全話ボックスが続々登場した頃,僕は是非これを出してくれとメーカーにリクエストしたことさえある。

そのテーマソングがこれまたいいんだ。ウェスタン調(当たり前か)の軽快な曲で,何十年たってもメロディーを口ずさめる自分が密かな自慢だった。コレクターやオタクの基本的属性が昔から自分の中に色濃く存在していた証かもしれない。

しかし,これは海外テレビのサントラという一段と特殊なジャンルだけになかなか手がかりがなく,レコードやCDの形ではついに見つけることができなかった。インターネット時代になってサーチエンジンの力を借りることで,ようやくアメリカのサイトで公開されていたWAVファイルを入手できたときには,既に20世紀が終わっていた。(※)

旅の途中 交わらぬ運命

そして第3の,僕が最も渇望し,見果てぬ夢のごとく待ち続けている曲が赤い鳥の「目ざめた時には晴れていた」である。

僕が初めて買ったLPはフィフスディメンションと赤い鳥だった。共通点はある。当時の赤い鳥は日本のフィフスディメンションと言われていたのだ。要するにモダンで洗練されたコーラスグループというわけだ。僕はリアルタイムで彼らのライブを聞き,大感動した世代なので,赤い鳥こそは今でもマイ・ベスト・アーティストなのである。

この曲は日本テレビ系のドラマ「二丁目三番地」の主題歌だ。石坂浩二と浅丘ルリ子が後に結婚するきっかけとなった(と記憶している)とても面白いドラマだったが,なんと言ってもそのテーマソングが素晴らしかった。

しかしあの独特のコーラスは間違いなく赤い鳥だったはずなのに,なぜかこの曲だけはレコードにならず,彼らのディスコグラフィーにも載っていない。JASRACのデータベースでさえ,この曲について伝書鳩やビリーバンバンの名はあるのに赤い鳥の名はない。けれど,この曲のオリジナルは絶対に赤い鳥であり,それ以外では僕の魂が納得しないのだ。

最近になって,赤い鳥のコンプリート・コレクションなるCDボックスが出た。彼らの全アルバムとシングルバージョンやCM曲まで発掘した文字どおりの「赤い鳥のすべて」と言える企画である。

掴んだっ!と思った。今度こそ,と思った。僕の胸がどれほど高鳴ったかあなたに想像がつくだろうか?

だが,なんということか!コンプリートと言いながら,この曲だけがやはり未収録だったのだ。CMまで収録していながらなぜこの曲だけがないのだ?これさえあれば,この曲さえ手に入れば僕の長い長い探索の旅は完結し,失われた過去のオリジンはパーフェクトに補完されるというのに,なぜこの曲だけが入ってないのだ!

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高揚と失望を同時に味わうのはしんどい体験である。

ついに巡り会えるかと思った瞬間にまたも遠ざかってしまった最後の1曲。このほろ苦さは格別だ。気を取り直してまた長い待ち時間に備えるまで,しばらくの猶予が欲しいと思う。

※さすがにそんなサイトをおおっぴらに開いたままでは著作権関係でヤバイのだろう。今ではどこへ行ったか消え失せていた。