70分で見る偉業の30年

短編集の醍醐味

よほどの長編オンリー作家でない限り,小説家には短編集がある。いや漫画家だってそうだ。短編には長編とはまた違った一瞬の鮮やかさとか切れ味とかインパクトがあって,これらもまた本好きの楽しみのひとつである。

しかし,映画となると少し事情が違ってくる。最近でこそ"ショートフィルム"という言葉も定着してきたが,プロの映画監督は基本的に長編作家だ。企画を商業的に成立させようと思えばどうしても一時間以上の長さが必要になってくる。ビジネスとして短編作家で通せる人はきわめて稀だろう。経済最優先の世界では仕方のないことかもしれないが……。

映画館で目にする機会が少ないとはいっても,優れた短編映画は数多く存在するはずで,せめてDVDなどでもっともっとリリースしてほしいものである。

だが,唯一例外的に短編集の醍醐味を味わえるジャンルがある。それが世界のアニメーション作家の作品集である。日本のTVアニメや劇場用作品とは違って,主に芸術的・非商業的なモチベーションで作られた作品の数々である。そのアーティスティックで実験的でバラエティに富んだ表現の楽しいことといったら,もうこの世界を知らないのは映画ファンとして大損だと言い切ってしまおう。

僕は日本の商業主義どっぷりのアニメもたいへん好きなんだけど,その対極にあるものもまた実に面白いのだ。

父の実力を見よ

LDの時代からパイオニアはこの手の作品集を出してくれてたいへんありがたかったのだが,最近はこうしたアート系のアニメーションもDVDであちこちからリリースされるようになった。ありがたい話である。懐具合が追い付かなくなったのは痛いところだが。

好きなタイトルはいくつもあるが「『夜の蝶』他 ラウル・セルヴェ作品集」は最近見た中で最も印象に残った一枚である。

ベルギー・アニメーションの父といわれるラウル・セルヴェ。氏の作品をまとめて見るのはこれが初めてだったのだが,その多様な表現や深い幻想性,見た後もいろいろ妄想を膨らませてしまうイマジネーションの豊かさに思わず「もっと早く買えばよかった」とつぶやいてしまった。

とにかく冒頭の「クロモフォビア」からして抜群に面白い。このDVDの中でも最も古い1966年の作品なのだが,その面白さは全然古びていない。一見すると昔のTVのCMでいくらでも見かけたような古くさい絵柄の作品かと思ってしまいそうだが,とんでもない!

けっこうメッセージ性の強い話なのに,表現の巧みなこと,アニメーションの楽しいこと,デザインの秀逸なこと,もう「おお〜」とうれしくなってしまう。これを見ただけで元はとったと確信したほどだ。

平和な町にやってきた軍隊は世界からあらゆる"色"を奪い去り,人々を灰色の囚人へと変えてしまう。暗い時代の到来。だが,やがて"色"を取り戻そうとする力が現れて軍隊を翻弄してゆく……。

いや,ホントにお見事。特に兵隊たちの動きの面白いこと,こんなやり方もあるんだなあと感心してしまった。画面自体は昔のグラフィックデザインの香りがあって,シンプルなのに実に優秀な美術の趣がある。オープニングからエンドタイトルまで神経が行き届いていて10分間で鮮やかに完結する。すばらしいなあ。

ベルギー幻想派の競演に酔う

表題作の「夜の蝶」は同じベルギーの画家ポール・デルヴォーの世界をアニメーションで描いた幻想的な作品だ。デルヴォーといえば,たとえその名は知らない人でも「ああ,あれか」と膝を打つ独特の絵柄の巨匠である。あの世界があのタッチで動いているのは不思議な眺めで,まさに幻想の夜にふさわしい一編。

しんと静まりかえった夜の館,幻想の種を散らしてゆく蝶,正装して胸だけはだけた貴婦人たち,そしてひとときの夜会……8分間の,短い夢そのもののような作品である。美しい〜。

解説によると,映画化を申し込んだ時,当のデルヴォーはもう目をだめにしていて本作を見ることができなかったそうである。邂逅すべきふたつの芸術が運命的にすれ違ったそのことに,何やら不思議な因果の綾を感じる。氏がこれを見ていたら果たしてどんなコメントが聞けただろう?

このファンタスティックな映像は,実写まで取り込み独特の不思議なイメージを現出させるセルヴェグラフィという手法なのだが,これこそ「口で言ってもわからない」世界である。ぜひとも機会を作ってその目でご確認あれ。

老いてなお新しく

「夜の蝶」はこのDVDの中では最新作(1998年作)なのだが,前記「クロモフォビア」からの30数年の間に横たわる他の収録作品が,それぞれ別人のように違った絵柄や違ったトーンで描かれているのに驚く。一貫した作家性のようなものは歴然とあるのだが,その表現や実験性が実に多様なのだ。

お気に入りの作者に毎回同じような快感を望む観客は多いが,クリエイターというのは常に前とは違うものを作ろうとする人種である。

それが理解できない人はいつまでたっても不満ばかり口にすることになるのだが,何のことはない,自分だけが立ち止まっておいてけぼりをくっているだけなのだ。過去の一点に安住しない貪欲さは間口の広さにもつながってゆく,それは作家や監督だけでなく読者や観客にも必要なのである。

そして,新しい技術の時代に取り残されていくような気配はこの作品集からは微塵も感じられない。そのアーティストとしてのたくましさが気持ちいい。素朴な手作業の時代からコンピュータを使う時代になっても,ちゃんと最新テクノロジーをさばいている現役最前線の意気を感じるのである。

ワタシはまだまだ進化するよ,という芸術家魂がまことに頼もしいと思う。その数十年の創作活動の成果をかいま見ることのできるありがたい70分であった。短編集を見ることの快感が確かにここにある。