メイキングで楽しむそれぞれの道

見比べてみよう

最近はDVDの特典映像としてよく目にするようになったメイキング。実写映画のそれはたいてい似たような作りで,もはや物珍しさはあまりない。気合いの入ったメイキングというのはごくたまにしかお目にかかれないが,型どおりのものをルーティンワークで作っていれば当たり前の結果だ。

そこへいくとアニメーションのメイキングはその手法の数だけ興味深い仕事ぶりが拝見できてとても面白い。

もっとも,日本では昔からおなじみのセルアニメについては割と製作過程のイメージは浸透していると思う。それだけテレビやビデオ,あるいは雑誌などで紹介されてきたからね。けれどアニメーションの手法や素材はセル以外にも実に多様だ。百花繚乱とでも言おうか,その世界はまことに豊かで奥深いものがある。

砂,ガラス,ハンカチ,切り紙,ペイント,粘土,人形……等々。ちょっとその手の作品集でも見る機会があれば誰もが驚き,かつ,楽しくなるだろう。当然,それらのメイキングを(幸運にも)目にすることがあれば「うひょほ〜」と感心したりびっくりしたりすること請けあいである。

オーソドックスなディズニーアニメから驚くべきこだわりの手作業まで,アニメーションのメイキングを見比べるとこの世界の広さが実感できるはずだ。

これもデイズニー,あれもディズニー?

「美女と野獣」はディズニーアニメ復活の転機となった作品で,大ヒットしたから誰もがよくご存知だと思う。もうずいぶん前の作品のような気もするが,まだ公開から10年ちょっと(今は2002年6月)しかたっていない。

今メイキングを見ると,この作品の大部分は伝統的なセルアニメのディズニー作品そのものだとわかる。日本でも見慣れたオーソドックスな手法で作られた,その意味では古典的な代物だ。ただ,例のダンスシーンで有名になった本格的なCGの導入を試みたパートが「美女と野獣」以前と以後をはっきりと際立たせている点が特徴的だ。

ワイヤーフレームで描かれた3DによるいかにもCGらしい広間の背景と踊るふたりを合成したテスト画像など,後の怒濤のCGアニメ時代への最初の萌芽が見られて興味深い。ディナーのシーンで回るお皿の動きもCGと見たが,どうだろう?

一方,全然ディズニーとカラーが違うようでいてやっぱりディズニー系の「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」のメイキングもまた面白い。こちらは人形中心にいろんなテクニックを織り交ぜてたいへん個性的な世界を見せてくれた傑作だが,コマ撮りモデル・アニメーションの気の遠くなるような作業ぶりに感服する。

この手間と忍耐に絶えられなくなった人々が3DCGアニメに行っちゃったのかな,とちょっぴり思わないでもない。

ちなみにこのメイキング中のティム・バートンはまるで作中のキャラクターと言ってもいいような風貌で,ちょっと笑ってしまった。

これが中国4千年の技か

中国のアニメーションといってもいろいろあるのだが,以前見たときに最も驚いたのが水墨アニメーションだ。文字どおり水墨画がそのままのタッチで動いてしまうというもので「牧笛」という代表作がリリースされている。

あのおぼろげで,もやあっとした感じの絵柄が動く様は一見の価値があるぞ。メイキングを見ると,手法自体にもセルに描くものや切り絵を使うものなどバリエーションがあるようだ。切り絵の場合は恐ろしいことに紙の縁をピンセットで1本1本毛羽立たせたりしているのだ。手間といえば手間だが……もう絶句。

かと思うとセルの方もすごい。水墨画のグラデーションを再現するために何重もの描き分けとフィルターを使ってフォトレタッチソフトみたいな作業を人力でやっているのである。労を惜しまぬ人間を資源として使う,まさに中国4千年のメソッドを思い知らせてくれる仕事ぶりである。よくやるよなあ。

余談だが,メイキング中で「牧笛」の監督さんが「新しい中国のアニメーションは民主的な環境の中で作られるようになりました」とか「水墨アニメーションは文化革命の頃にはひどい扱いを受けましたが,4人組が去ってから世界中で高い評価を得ました」などと,いかにもあの国らしいコメントをしているのが面白かった。

4人組って今の若い人たちにピンとくるかなあ。現代史の教科書を覗いてみようね。

ねばり強さじゃ負けないよ

どんな手法を使ってもアニメーションというのはたいへんな手間と根気が必要なのだが,メイキングを見るたびによくまあこんなことを続けられるもんだと感心する。ま,それができるからこそその道で名を馳せることができたんだろうけどね。

さて,手法のひとつにピンスクリーンというものがある。数十センチ角のスクリーンの全面にドットに見立てた無数の小さなピンが立っていて,それを押し込んだり引き出したりしつつ,ライティングとの組み合わせで絵を表現するというものだ。いや,上手く表現できないな。作品集のビデオでもご覧になる機会があればいいのだが。

これがまたメイキングを見てると想像を絶する手間ひまの世界なのだ。もう完全に職人芸の領域である。そりゃ元々アニメーション作家というのは職人でもあるのだが,こういうことを根気よくやれる精神力というのは我々には想像の外である。

解説によるとピンの数は24万個にも達するという。24万画素をひとりでコントロールする手間を考えてみてほしい。スプーンだのフォークだのといった原始的な道具も使われていて,まさに究極の手作業だ。ひとコマ撮影したらまた24万画素。僕がやらされたら初日で発狂しそうだよ。芸術家の集中力ってすごい。

ちなみに,出来上がった絵は実に不思議なメタモルフォシスの世界で,非常にアナログ的な動きが印象的だ。似ているものといえば,磁石で紙の裏から砂鉄を動かしたときのような感じかな。説明しがたい独特の映像である。

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こういったアニメーションのメイキングを見ていると,手法や素材ごとにアプローチが違うので,それぞれの作家のこだわりや目指す道の多様さがうかがえてたいへん面白い。大資本のスタジオから芸術家の孤独な作業まで,とてもバラエティ豊か。

できれば見る側もそれについていけるだけの懐の深さを持ちたいものだ。