これを書いている2002年12月現在のレートでは1ドルがおよそ120円前後である。少し前は実感として1ドル100円くらいの感覚だったが,最近はちょっと円が弱いかな。貨幣価値というのは時になかなかわかりにくいことがあるものだが,いずれにせよかつての1ドル360円固定時代は今では昔話の中である。
実際,僕などは子供のころから1ドル360円を常識として育ったので,変動相場制になった時にはかなりとまどったことを覚えている。かつては百科事典で国名を調べると首都や人口と並んでその国の通貨の対円レートが記載されていたものだ。
昔楽しく見ていた「じゃじゃ馬億万長者」というアメリカのTVドラマでは,主人公一家は偶然石油を掘り当てて5億ドルの財産ができたという設定だった。5億ドルすなわち1800億円。しかし,まだまだ日本人にはアメリカがまぶしかった頃である。実感としては資産数千億円という感じで,田舎者一家と天文学的資産とのアンバランスがコメディになっていたわけだ。
今ではこの金額も3分の1に目減りしてしまった。
資産600億円は確かに大富豪かもしれないが,経済が株と為替の話題ばかりになってしまった今,この数字にロマンを感じるか否かは微妙なところだろう。コメディが成立するか,現実的で生臭いドラマになるか……僕にはちょっと物足りない数字かな。
最近ハリウッドでは製作費1億ドルの映画は珍しくもない。100億円以上かけて映画を作るのが当たり前になったのである。それどころか製作費2億ドルなんて作品まで現れるようになった。ざっと240億円。ふえ〜すごいね〜と思うかバカげていると思うかは人それぞれだろうが,僕自身の感想はどちらかというと後者に近い。
一説によると「ダイナソー」なんか3億ドルかけてるそうな。いくらなんでもと思うが,話半分でも200億円くらいは行っちゃってるんだろう。楽しい作品だったけど,ここはやはりううむと考えてしまうよなあ。
製作費200億円なんて数字は尋常ではないよ。
そんな大金をそそぎ込んで作るだけの値打ちと志を持った映画がそうそうあるだろうか。たとえ興行的にペイしたとしてもちょっと疑問だ。200億もあったら映画1本を遙かに越えた"現実"を生み出せるのではないか。
けれどそういう疑問がそもそも小市民的なみみっちい感じ方なのかもしれない。もはや巨大産業として存続し続けなければならないハリウッドとしてはビッグマネーが流れ続ける今の形が当たり前なのかも,という気もするからだ。お金の話は難しいね。
それにしてもコストダウンのノウハウは進歩しているはずなのに,そんなにお金がかかるようになってしまったのは不思議と言えば不思議だ。ハリウッドは巨大産業だけど,その産業構造自体が変化しているのだろうか。
先日,伊丹十三監督の「マルサの女」のメイキングを見直していたら,その製作予算見積表の内容が紹介されていて興味深かった。ちょっと引用してみよう。
マルサの女 製作予算見積表 第一案 昭和61年6月20日 単位:万円 | ||
企画費 | 200 | シナリオ費など |
俳優費 | 4000 | 300万円クラスが10人ほど出演 |
スタッフ費 | 2700 | 50人くらい |
製作費 | 2200 | 現場で直接かかる費用 |
美術費 | 2300 | 凝り方次第で天井知らず |
衣裳費 | 400 | タイアップで節約 |
技結髪費 | 150 | ヘアメイクなど |
フイルム費 | 1000 | 現像費も含む |
機材費 | 1300 | カメラ等オールレンタル |
音楽費 | 300 | レコード会社負担の分を除いたもの |
仕上げ費 | 1000 | これでちょっとぜいたくなのだそうだ |
製作宣伝費 | 300 | 主としてスチール費 |
予備費 | 500 | 不慮の出費に備えて |
総計 | 16350 | 製作期間45日として |
これはあくまで第一案,実際には2億数千万円でスタートしたそうだ。86年の作品なので,今とは製作システムや内訳の比率もだいぶ変わっているかもしれないが,いろいろ面白いことがわかる。
高額のギャラを持っていく人から使いっ走りの兄ちゃんまで,関わる職種もいろいろではあるが,100人クラスの部隊の活動経費(45日間)とすると1人頭の取り分はけっこう少ない。伊丹監督の取り分をゼロとし,衣裳などとことんタイアップで節約してもこれだもんな。映画ってやはり金食い虫だということがわかる。ヒットしない映画は後始末がたいへんだろう。
お金の話は難しいという当たり前の所に落ち着いてしまいそうだが,それにしても洋画DVDが2500円で買えちゃうデフレの恩恵を享受しつつ,そのバックで(少なくともハリウッドでは)天井知らずのインフレが進んでいる,というのはどういうことなんだろうね。これから先,映画産業の経済学というのはたいへん興味深い分野かもしれないぞ。
ところで,村上龍の著書に「あの金で何が買えたか」というのがある。話題になったのでお持ちの方もいるだろう。政治や経済がらみのニュースで取り上げられた公的資金が何千億とかいう,あまり愉快でない大金のその金額で,こういうこともできたはずという理想?を語った経済絵本である。
まあ,お金の使い道に限らず理想と現実のギャップは大きいのだけど,この本をながめていると「映画版:あの金で何が買えたか」というのもできそうな気がしてくる。
"あんな映画"1本作るくらいならその金で"こんな現実"を買えたんじゃないのかという妄想がむくむくとわいてくるタイトルが1本や2本,誰にでも思いつくのではないかなあ。できれば,空疎なインフレ映画と言われない作品を期待したいね。