伊丹映画 メイキングだって遺産だ

汝,生き延びるべし

以前,VTRテープの処分について書いたことがある。あの時はいろいろ迷うことも多かったのだが,現在その第2弾が進行中だ。デジタルハイビジョンが家庭で簡単に録再できるようになった今,もはや旧世代のビデオデッキは引退の潮時だと実感したからである。

録画したときにはどれも大切なものだったはずだが,現実問題として10年間一度も見てないようなテープは存在してないのと同じだ。真に大切な録画やレアものはとりあえずデジタルに移し替えて,残りは思い切りよくサヨナラしようと思っている。

コレクションの泥沼から抜け出るにはこうした決断がカギなのだ。

我が家のビデオラックに並んだ古いビデオカセットは,世紀末の大整理を越えてきたものたちではあるが,デジタルに変身して更に生き延びるものはそれほど多くはないだろう。今その取捨選択の葛藤の中に僕はいる。

そこでいきなり「おお,これは!」というものにぶつかってしまった。これは是非とも残しておかねばと即決。ううん,オレって昔はこまめにいいものエアチェックしてたんだなあ,としばし自画自賛モードになってしまった。それが「伊丹十三映画の秘密」である。

メイキングもまた遺産だ

これはBSでオンエアされた伊丹十三監督の映画のメイキングシリーズである。「マルサの女をマルサする」「マルサの女2をマルサする」「スウィートホームへ連れてって」「タンポポ撮影日記」「メイキング・オブ・あげまん」の5本シリーズ。本編はいずれも話題になった作品ばかりで,ご覧になった方も多いだろう。

今回,ダビングしながらながめていたのだが,いやもうこれが面白くて途中からはすっかり見入ってしまった。新鮮だったねえ,メイキングってこんなに面白かったんだと目からウロコが落ちる思いである。

最近のDVDの特典映像で見るメイキングは,芸もなく撮影現場を映した映像とスタッフ・キャストの型どおりのインタビュー,それにCGの製作画面がちょこっとあっておしまいというパターンが少なくない。いつの間にかこちらもそれに慣れていたのだが,この伊丹映画メイキング5連発で目が覚めた。

メイキングというのはこのくらい楽しくて,かつ気合いの入った娯楽作品にもなりうるのだとあらためて知った。そもそも製作予算の内訳を見せてくれるメイキングなんて他にあったっけ?伊丹十三の監督として,あるいはプロデューサーとしてのサービス精神が十二分にうかがえる作りがなんとも楽しく,頼もしい。

残念ながら監督本人はあのような形で去ってしまったが,彼の残した映画本編はもちろん,優れたメイキング班の仕事もまた伊丹映画の遺産として尊重されるべきだ。今回つくづくそう思った。

こういうところが見たかった

もう一度書くが,メイキングというのは本来こういうものだったのだなあ,と教えてくれるのが伊丹映画メイキングの面白さである。

設計図と製作(撮影)と仕上がりを比較しつつ,なぜここはこのように撮るのか,その意図とそのためのノウハウはどういうものであるか,といったことをたとえばカメラの動きを説明しながら教えてくれたりする。いかにもテレビの特番で見かけそうな内容でありながら,実は最近のメイキングではなかなか見せてくれない部分なのである。しかも,けっこうディープなところまで見せてくれるんだな,これが。

単に撮影風景を並べたものとメイキングとは別物なのだ。

特に「マルサの女」のメイキングは映画作りの教科書みたいに充実していて,楽しさと同時に作る側のたいへんさも伝わってくる。何気ないワンカットがどれほど神経をつかって撮られているかがよぉくわかるのである。観客は裏方の苦労など知る必要はないのだが,作る方はこだわっているのだ。

確かにこれを見ると映画作りは半端な仕事じゃないってことがよくわかる。伊丹監督は堂々と「現場の人間は(映画)評論家を心底馬鹿にしきっている」と言い切るのだけど,なるほどそれもそうだろうと共感できるのだ。日々これだけのことをやっている人たちに対して,映画評論家たちがそれに拮抗できるほどの仕事をしているかといえば疑問だもんね。

復活の日はいつ?

笑ったのはナレーションではっきりと「伊丹監督はスケベなのである」と言ってたことかな。これらのメイキングは製作は民放系だったけど,確かNHK−BSでオンエアされたときに録画したもの。裸もけっこう出てくるので「NHKもさばけたもんだなー」と変に感心してしまった。妙にエロいベッドシーンも撮影現場はそれどころじゃないらしいのが可笑しいけどね。

「スウィートホーム」はその後のトラブルで再び日の目を見る日はまだまだ先になりそうなのが残念なのだが,おかげでメイキングの方は一段とレアものになりそうである。僕はかなりあの作品がお気に入りなのだが,今回久々にメイキングを見てあらためていろいろ思い出してしまった。

監督こそ黒沢清に任せているものの,これはやっぱり伊丹映画だよね。コントラストのくっきりした映像も今風で好きなのだが,前半の怖さは特に秀逸だと思っている。いつかはメイキングとセットでDVDにしてほしいものだが,当分は難しいのかなあ。

どのメイキングもスタッフのクレジットを見ると「おお」とか「あ,この人は」という名前がいくつも出てきて,ううん,才能のある人はちゃんとこうして昔からいい仕事してたんだな,と納得する。なるほど〜○○監督や△△監督,昔はこういう仕事してたのか。そういう意味でもこれら伊丹映画のメイキング,やはりただもんではなかったのだ。

邦画界に新しい面白さを持ち込んだ伊丹十三映画。どの作品もいまだDVDで入手できない(今は2002年11月)というのはまことに解せない。リリースの暁にはこれらメイキングも当然復活させてくれなければメーカーの見識を疑ってしまうぞ。そのくらい充実した映画ファン必見のメイキング・シリーズであった。