世紀を越えて

すべてはこうして始まり

世紀を越えて。ご大層なタイトルをつけてしまった。しょうもない話なので気楽に読んでいただきたい。

元来新しいモノ好きなので,家庭用ビデオデッキなんて代物が登場したときにはそりゃーもう激しく魅かれたもんである。今30代後半以上で子供の頃からテレビっ子だった人間ならこの気持ち必ずやわかっていただけるはずだ。大好きなテレビ番組を「ずっととっておける」とはまたなんとすばらしい機械であろうか!

しかし一般家庭における普及率がまだ数%にも満たない時代のこと,親のスネをかじっている身分でそのような高額商品を買ってくれとはとても言い出せず,若者(ワタシのことだよ)は渇望に身を焦がしているのみであった。

思えばあのころの自分は奥ゆかしかったなあ〜。少なくとも親がビデオを買ってくれないからといって物を投げつけたり暴れたりはしなかったぞ。

だから就職して最初のボーナスを受け取るとそのまま地元一番の大型電器店へまっしぐら。まあ当然の成り行きか。いやあ,うれしかったなあ,あのときは。サラリーマンってすばらしい……本気でそう実感したものである。

かくして身にあまるぜいたくにうちふるえながら,僕は当時まだ珍しかったビデオデッキのユーザーになったのだった。

留守録しておいたアニメを深夜ひとり見る時の幸福感,ぜいたく感というのは筆舌に尽くしがたいものであった。みんなは夜7時半にテレビの前に座ってなきゃこれを見ることはできないんだ,なのにオレはこうして人も獣も寝静まった(田舎に住んでいたので)深夜2時に「キャプテン・フューチャー」を見ているのだ!ああ,なんて幸福なんだオレは……。

端から見れば後の危ないビデオマニアと同じである。だが当時はまだそのような奇矯な人種は登場していなかったのだ。それは道楽に大枚はたいた者のみが享受できる特別な時間だったのである。オタク第一世代の誕生期だったのかもしれない。

そしてふりかえるときが来て

月日は流れ,今は2000年秋。20世紀もあと2か月を残すのみとなった。

別に20世紀が終わるから,なんて意識はないのだが,僕は今ビデオテープの整理をしているところだ。ビデオに関してはガチガチのベータ派で通してきたのだが,20世紀いっぱいベータでがんばってきたのだ,これだけ操を立てればもうよかろうという気になったのかもしれない。

今後はD−VHS(デジタルハイビジョン)に乗り替えるとして,ラックを埋める古いエアチェックテープは思い切って整理しよう,ふとそんな気持ちになったのである。でもどれを残しどれを捨てるのだ?

これがもうたいへん。

愛着のある物を捨てるというのはまことに強靱な精神力を要求される行為である。ましてや大事なコレクションともなればなおさらだ。

普通,男の中途半端なコレクションというものは妻,あるいは母親が「ついうっかり」を装いつつ実は確信犯的に捨ててしまったりする。男の方は「うわあ,なんてことすんだよお」とひとしきりわめいた後,しかし半ば天災,不可抗力として渋々受け入れることになる。男はこうしてオトナになっていくんだねえ。

でまあ,これが繰り返されることによって「いつかは捨てなくちゃいけないのだが,どうしてもできない」という事態はうやむやのうちに解消されていくのである。

ちなみにこの悲喜劇はなぜか男の物を女が捨てるケースでこそ平和裡に成立しているようだ。男には同じことを女に対してやる度胸もとい勇気いやいや蛮勇など考えられない……と思う。

ええい,話が進まんではないか

そういうハプニング?を待たずに自らコレクションを整理するというのはやはりたいへんだ。予想できることだが,ちょっと中身を確認し始めたりするともう泥沼である。

僕は先週からその泥沼のまっただ中にいる。

「グラミー賞授賞式」20年分,うああ,どうしよう,もったいない,でもだいぶテープはくたびれてて見るに耐えんしなあ。「90年秋冬東京コレクション」5回シリーズなんて日常着た切り雀の中年男に何の用があるんだろう?でも録ってるんだよなあ。どういうつもりだったんだ?

「ジュリー・アンドリュース/サウンド・オブ・クリスマス」これはクリスマスシーズンになるとたまにBSでやってたなあ。うーん捨てちゃおうか。「スケバン刑事SAGA」ってのはこれは珍しいスケバン刑事3代ヒロインのスペシャル番組である。今となってはレア物の斉藤由貴の麻宮サキの啖呵がいいぞ。これは継続保存だな。

しかし,こういった昔の番組はCSはじめ超多チャンネル時代の今ではあえてとっておく必要性もなくなってきた。それがテープの山を整理しようという動機のひとつでもある。しょっちゅうどこかで流れているならあえて手元に集めなくてもいいではないか。

保存するならやはり再放送の機会の少ないものだろうな。久石譲やジョン・ウィリアムズのコンサート,うむ,これは要保存だな。伊丹十三映画の秘密5回シリーズ。これも捨てられない。特に「スウィートホーム」のメイキングなど今となってはなかなか貴重かもしれない。

「ダイアナ妃葬儀総集編」なんてものもあった。こんな企画放送する方もなんだが,録画している自分もかなり怪しい。まさか再放送はあるまいが……んー,よし継続保存だ。ついでに「WOWOW版はるかノスタルジイ」はどうしよう?大林監督はテレビバージョンは劇場用と別編集でくるからなあ,とっておこうかなあ,ううん,でももう一度見るかしらん……。

ずっとこの調子でちっとも先へ進まない。

果たして20世紀を越えて生き延びるテープはどれか?我が家のビデオテープたちは今一斉にあるじの気を引こうとうごめきだしているのである。

「メイキング・オブ・紅白歌合戦」……さてこいつはどうしたもんかねえ。