ドラマ編で行こう

人は音楽のみにて生くるに非ず

僕はサントラコレクターではないから手持ちのサウンドトラックCDもたいしたものではない。もちろん,映画を見てその足で「これは絶対にサントラ欲しい!」と意気込んで購入するものもあるが,大半は,時々思い出したように「アレ聞きたいな」と思い立って買う程度である。

サントラというのは一大ジャンルだからもしも本気で入れ込んでしまうと相当な覚悟が必要だ。本編の映画も見てなきゃ味わい半減だし,そうすると映画とサントラの二重苦?という事態に陥る。それを二重の喜びに変えることができるか否かはひとえにあなたの器量と財力にかかっているのだ。

落ちてみたい誘惑はあるが,僕にはまだ踏みとどまる分別も残っている。

さて,サントラと言えば僕は以前こんなことを書いている。もう何年も前のことであれから状況も変わったが,それでもあのときの喜びに偽りはない。今ではDVDに自分で録画できる時代になったが,映画好きには映像を排した耳だけの喜びというのも確かに存在する。

普通はサントラがそれを受け持っているわけだが,サントラの楽しさというのはなにも音楽だけに限ったものではない。セリフや効果音だって立派にサウンドトラックとして成立する。そこに自家製サントラCDの快感があるのだ。

というのも,音楽だけのサントラも確かにうれしいのだが,その映画を見たときの味わいとは微妙に異なる感じを抱くことがある。音楽だけでは妙にすっきりしすぎている,と思うことがたまにあるのだ。映画における音の記憶は,セリフや効果音とセットで印象付けられているからである。

滅びしものたちの遺産

世は完全にDVD時代,すでに次世代規格の話題もにぎやかになりつつある。そこにLDの話題を今さら持ち出しても興味のわかない方が大部分だろう。せいぜい,古いLDをDVDレコーダーでバックアップするくらいのことだろうと思われるかもしれない。

しかし,この20世紀とともに退場してしまったメディアには大いなる遺産が残されていたのだ。それがデジタル音声トラックである。LDのデジタル音声は基本的にCDと同じ規格である。すなわちあれは30センチサイズのCDでもあるのだ。

そして,僕が以前話題にした音楽用CDレコーダーはこのLDのデジタル音声トラックをCDとして認識する。つまり,デジタル接続でLDの音声を録音するとCD品質のサウンドトラックができてしまうのである。しかも,ここが重要なのだが,映像に振られたチャプターがそのままCDのトラック番号として記録されるのだ。

例えば,ミュージカル映画などは曲ごとにチャプターが振られていることが多いが,それがそのまま自家製サントラCDにも反映されるのである。自動的にだ。これはいいよ〜。作ってみると病みつきになるから。

僕の経験では,デジタル音声収録のLDでもごく古いものの中にはチャプターの信号が音声部分のトラックとして反映されていないものも存在する。こういうタイトルは片面が丸々1曲として認識されてしまうが,全体としては例外と言っていい比率だと思う。LD全盛期のソフトはまず間違いなく30センチCDでもある。

Whitely, of course

一般的な映画しか見ない方には「またオタクが」と言われそうだが,普通の洋画や邦画にはあまりなくてアニメや特撮にはたくさん存在したサントラのカテゴリーがある。それが「ドラマ編」というやつだ。

劇中で使われた音楽だけでは飽き足らず,登場人物たちのセリフや効果音まで欲しがった連中が大勢いたのである。アナログLPの時代であり,手軽に使える録音機器はカセットテープくらいしかなかった頃だ。ドラマ部分も高音質で欲しい,というマニアックな需用があったということだが,考えてみるまでもなく,これは一般の映画ファンにだって理解できる欲求ではなかろうか。

例えば,名作ミュージカル「マイフェアレディ」の最も有名なワンシーンを思い出していただきたい。

深夜に及ぶ特訓で疲れ果てたイライザたち。しかし,彼女はついに「スペインの雨は主に平野に降る」ときれいな発音に成功する。喜び踊り出すヒギンズ教授たち。その後イライザのあの有名な「踊りあかそう」の曲に続くわけだが,このふたつのシーンの間には教授とピカリング大佐のこれまた有名なやりとりがある。イライザをデビューさせる話からドレスはどこで調達するのがいいか,ゴテゴテしたやつはいかん,というあのくだりである。

僕はLDのごく初期のバージョンからこの場面を繰り返し見てきたので,もう一連のシーンがすっかりひとつの流れとしてなじんでいる。だから「スペインの雨」と「踊りあかそう」の間には教授たちの「Whitely, of course」だとか「simple and modest...and elegant」といったやりとりが聞こえてこないとフラストレーションを感じてしまうのだ。

だからこそ自家製サントラの出番なのである。何度も見てどのシーンもすっかり頭に入っているお気に入りの映画なら,こうして本編の音だけ持ち出して楽しむ手もあるのだ。

トワイライトゾーンと心得よ

ところで,音楽用CDレコーダーと音楽用CD-Rというのはその価格に著作権者への補償金というのが上乗せされている。だからメディアも普通のCD-Rより割高だが,そのかわり家庭内や個人で楽しむ分には合法的にCDコピーができるという心安さがある。こう言うとモラルハザード進行中の現代ではただの小心者と笑われるかもしれないが,後ろめたくないというのは悪くない。

それはそれとして,この補償金がどこへ行くのかというと音楽関係の権利団体で処理されている。納得するかしないかはともかく,JASRACの公式サイトあたりを覗くとちゃんと説明がある。

しかし,それらの説明を読む限り,音楽用CD-Rの補償金の対象は音楽制作者たちの権利に対するものと考えられる。そこに映画製作者たちの権利が含まれているかどうかは疑問だ。つまり音楽用CD-Rというのは音楽CDをコピーすることを前提にしているわけで,CDと同等品質のLDの音声トラックをコピーするという用途は想定されていなかったのではないかと想像する。

映画の権利というのは実に複雑怪奇に入り組んでいる。そのデジタル音声をたとえ補償金込みの音楽用CD-Rといえどコピーしていいかどうかは著作権的に大いに怪しいのではないかとも思う。しかし,事実上DVDレコーダーはLDの資産をバックアップする用途にも使われている。なにしろもうLDプレーヤーなんて店頭にほとんど存在しないのだ。

ならばパーソナルユースなのだ。小心者の葛藤はあるにせよ,ここは開き直るしかない。CDで聞く映画にはまた独特の快感があるのだから。この楽しみは捨てられないよ。