字幕にも名作あり

旧版にも切り札あり

21世紀も明けてすでに半月,正月以降NHKのデジタルハイビジョンでオンエアされたSF映画特集やマリリン・モンロー作品特集などを見ていたのだが,実はこれかなりインパクトがあった。ショックだったと言ってもいい。

大半はすでに持っている作品だったのだが,手持ちの古いLDとは比較にならないクオリティで驚いてしまった。これがそのまま録画できてしまうのだからハリウッドが強硬にコピーガードを主張するのも無理はないと思えてしまう。まあ僕の持っていたLDがあまりに古いリリースだったのでよけい差が目立つんだろうけど。

僕のお気に入りの「七年目の浮気」など恥ずかしながら今回初めて本来のサイズで見た。こんなにワイドな画面だったんだなあとちょっと感動。色味もきめ細かさも全然違うし,まるっきり別の映画のようだ。モンローの肌もドレスもテレビと映画くらいに違う。

この時点で手持ちのLDの値打ちはジャケットの存在のみに成り下がったような気がしたくらいだ。

しかしクオリティでは太刀打ちできない古いパッケージにもひとつだけ最新版に対抗できるものがある。それが字幕スーパーの翻訳の出来である。今回ハイビジョン版の立派な画質に驚きながらも,唯一これだけは簡単に譲れんぞと思ったのがこの字幕の問題だ。

字幕にも愛読版あり

僕自身が元々活字派であるせいか文字言葉にはこだわりがあるのだが,それは字幕の翻訳についても言える。本に愛読書があるように,何度も見ているソフトの場合,字幕の文章にも慣れ親しんだ感覚が存在する。自分の好きな小説のセリフが勝手に書き変えられたりしたら嫌なのと同じで,字幕のセリフにも好きなバージョンというものがあるのだ。

最初に触れたものの影響はあなどれぬほど大きい。そのせいもあるだろう,大事にしている古いパッケージの字幕はなかなか捨てがたいのである。このセリフはこうでなくちゃイヤ!というわけだ。

「七年目の浮気」にしても旧版LDはくりかえし見たせいで字幕の印象は刷り込まれている。有名なモンローのスカートが地下鉄の風で舞い上がるシーンの前後などセリフ(字幕の)が頭に入っているので違う翻訳だと違和感があって困る。ピカピカ歯磨きアワーよりはダズルデント・アワーの方がしっくりくるのである。

アパートの管理人がモンローを見て「生き人形だね」なんて言うのも僕にはなじめない。やはり昔の「まるで人形さんだ!」の方が断然いい。

原語で楽しめるうらやましい語学力の人や吹き替えで気楽に楽しんでいる人には無意味なこだわりだろう。だが,それらよりはるかに情報量が少なくニュアンスを伝えるのも難しい手法であるとわかっていても,字幕がメインの僕は愛着のある翻訳を大事にしたいのだ。

新版にはサービスあり

今回のBSの放送にはトリュフォー監督の「華氏451」も登場したのだが,ここでも字幕でおおっと思うところがあった。終盤に主人公が隠していた本が燃やされるシーンがあるのだが,手持ちのLDと違ってちゃんとそれらの本のタイトルが字幕で出るのである。ううむ,サービスいいぞ。

「ライ麦畑でつかまえて」「ジュスティーヌ」「ピノキオ」「ロリータ」「ジェーン・エア」「地下鉄のザジ」……なるほどこいつはこういう好みだったのか,なんて言ったら冗談になってしまうがいずれも超有名なタイトルばかりだ。トリュフォー監督の趣味なのだろうか。

そういえば以前「七年目の浮気」で主人公がモンローとデートしたときに観た映画は何でしょう?なんて書いたことがあるのだが,これも今度のBS版ではあっさり邦題が字幕で出てしまった。むむ,これも親切と言うべきなのか。

まあ本気でクイズにするつもりはなかったので別にかまわないのだが,ここでタイトルを出したせいかそのあとのセリフもいくぶん雰囲気が違う。そう言われても両方のバージョンを見てないと比べようがないと思うが,僕には新版の言い回しはより直接的だという気がする。はっきりものを言うという印象だ。

お話がチャーミングなだけにストレートな翻訳より旧版の小粋なセリフ回しの方が好みなんだが,これも慣れの問題だろうか。

将来版には願望あり

詳しいことはわからないのだが,こういった字幕にも当然著作権はあるだろうと推測する。これはやはり訳者のセンスが問われる重要な仕事であり,その結果生まれたものは「作品」としてその出来映えを主張してもいいと思うのだ。

となると僕は夢想するのだが,将来はこの字幕もいろいろな訳者のものを選べるようにならないものだろうか。映画ファンならすでにご贔屓の訳者がいるかもしれないし,人気作家ならぬ人気字幕訳者が生まれるかもしれない。この人は美文調であるとかあの人は言い回しがしゃれてるとかね。

DVDでは言語やサラウンドの仕様などをある程度選べるようになっているが,せっかくの大容量なのだから「93年LD版」とか「2001年NHK版」といった具合に字幕のバージョンも選べるようになったらとてもうれしいのだ。

実際,僕は今回のBS版「七年目の浮気」を見て「ああ〜この画面で昔のLDの字幕がついてたら最高なのに!」と思わずにはいられなかった。ないものねだりのわがままであることを承知の上でなおそう願ってしまうのである。デジタル時代のソフトにそれを夢想するのは必ずしも詮無いこととは思えないのだ。

たったひと言のセリフが忘れられない人のためにも。

付記:2002年8月にリリースされたDVD版「七年目の浮気」では,なんと僕がこだわった旧LD版の字幕が使われていた。細部の手直しはあるものの,うれしい驚きであった。いや〜メーカーさん&字幕の岩本令さまに感謝。