赤い糸が切れるとき

さよならベータ

別項でも触れましたけど,手持ちのベータのビデオテープを処分中です。前回と違って今回は最終処分,もうこれが済んだら我が家にベータのテープは1本も残らないでしょう。ううん,長年ベータ派でやってきた身にはやはり感慨もひとしおですねえ。

もちろん,大切な録画はデジタルに移し替えて生き延びさせるんですけど,それでもコレクターの端くれとして,コレクションをフォーマットひとつ分丸ごと処分するというのは大決心の末なんですよ。この心境,おわかりいただけるかなあ。

かつてビデオの高画質競争と衛星放送の登場で,地上波とはひと味違う"先物買い"ユーザーだけの楽しいエアチェック時代がありました。他の視聴者たちよりちょっぴりぜいたくなひとときをともに歩んだ我が家のベータデッキ……いよいよお別れです。自分でも生涯ベータ派と信じていたのに,時の流れはどんな固い決心でもくじいてしまうのでしょうか。

でも時代は既に21世紀。技術革新の激しさを思えば,20世紀いっぱい付き合ってくれたベータはソニーが見切りをつけるまでもなく,使命を全うして引退する時が来ていたのでしょうね。

最後の審判

そんなわけで,残すべき録画と廃棄すべき録画を見分中です。DVDレコーダーで銀盤化するのがスマートなんでしょうけど,現状ではフォーマット乱立でどうもいまひとつ決心がつきません。来年には次世代規格が登場するとなれば尚更ですよね。

とりあえずランニングコストとパフォーマンスを秤にかけて,大事な録画はD−VHSに退避させることにしました。

かつて3倍モードで1本のテープにたくさん詰め込むような不細工なマネはソニー党には無縁でした。「1巻1プログラム」こそソニー党エアチェック不動の正義であり美意識であります。そう信じて貫いてきたのですが,今回のデジタルへの退避ではそうも言ってられません。フォーマットひとつ分の資産の大移動なのです。捨てるものは涙を呑んで切り捨て,生かすものはしっかり中身を記録してテープに詰め込んでいます。

最後の審判とエクソダス(大脱出)の平行作業ですね。キャパシティの大きなD−VHSはさながら箱船というところでしょうか。

もちろん箱船はあくまでも仮の住まい。生き延びたモノたちはやがて安住の地(次世代光ディスク)によみがえり,終生を僕とともに過ごしてくれるだろうと信じています。

赤い糸が切れるとき

どんなコレクションでもそうですが,長年ため込んだものを整理するというのは一大事業です。まず,どれも捨てたくないと駄々をこねる自分がいます。次に取捨選択にケチをつける自分がいます。それを残すんならこれも残すべきだろう,というわけ。総論賛成各論反対という政治家が改革を潰すときのやり口ですね。そして,何も今やらなくてもという自分が現れます。先送りで今だけの平穏を得ようという,これもよく見る選択肢です。

要するに現実世界に見られるブザマな騒動は我が内宇宙にもそのまま似たような形で現れるのであります。これを押し切ってコレクションの整理を進めるのはたいへん難儀なことなんですが,それを手助け?してくれるのが"思わぬアクシデント"という不確定要素の出現です。

要するに大事なアイテムをうっかり捨てちゃうという事故が起きるんですね,実に都合良く。

テープを床に並べて「これは残す,これは廃棄」という具合に慎重,かつ念入りに取捨選択をしたはずなのに,なぜか大切な録画を"即廃棄"のテープと一緒に捨ててしまうという凡ミスが起きてしまうんですよ。しかも一度ならず。うげげっと叫んでも後の祭り。

その時の心境というのがまた独特で,がっくりとか呆然とか慨嘆とかいうのとは違って,もっとふにゃふにゃと気分が白んでしまう感じになります。長年大切にしてきた,いわばAVオタクにとって赤い糸で結ばれていた大事な録画を喪ってしまうわけですが,その赤い糸が切れるときの音がブツッでもなくプッツンでもなく「ふっつり」という蜘蛛の糸を切ったような頼りなさなんですね。

いやあ,これがこたえるんですわ。今までの思いを無にするような力のない感じ。おかげでラックに並んだ他のテープに対するこだわりまで嘘のように希薄になってしまいます。以後コレクションの整理は粛々と進みますよ,ええ。

転生する魂

そんなアクシデントのおかげ?もあって,今は「嗚呼,運命を従容として受け容れるとはかような心持ちであったか」とどっかの悟りきった殿様のような気分であります。

コレクションの維持という今まで疑うべくもなかった大命題がどうでもいいことのように思えてきます。

実はこういう心境の時こそ泥沼から抜け出るチャンスなんですが,幸か不幸か僕はまだそこまで枯れた気持ちにはなれません。DVDやら何やら,まだまだ楽しい映像コレクターの道楽人生がおいでおいでをしているからです。

それに……今はひととき"箱船"の中に退避しているものたちも,言ってみれば身体(ベータのテープ)は滅びたけど魂(情報)は健在なのです……まあ,ちょっと劣化してますけどね。でも時が来れば光ディスクの新たな身体を得て復活してくるのです。人間の生まれ変わりと違って何十年,何百年と待つ必要はありません。かれらはもうほんの数年で転生してくるのです。

しばらく眠らせといてもいいじゃないか。今はそんな心境になっています。