サプルメントに名優の涙を見た

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最近はろくにテレビを見なくなってしまったが,子供のころ僕は筋金入りのテレビっ子で,何ひとつ見逃すまいという迫力?でブラウン管にかじりついていた。いまだに鮮烈な記憶を残すものもあれば,もうおぼろげにしか思い出せないもの,テーマ音楽が耳にこびりついているものなど思い出はさまざまだが,どれも楽しかった。

特に海外のテレビドラマはお気に入りで,全話LD/DVDセットなどで待ち望んでいるタイトルがいくつもある。

そんなテレビシリーズの中に,どちらかといえば忘れかけてる方に属するんだけど「ミスター・ロバーツ」という作品があった。第二次大戦中のオンボロ貨物船を舞台にした物語……だったと思う。実はそれくらいテレビ版の記憶は薄れている。楽しいコメディだったという印象だけは残っているんだけどね。

これには元になった劇場版があるのでご覧になった方もあるだろう。映画の方は「ミスタア・ロバーツ」というタイトルで,廉価なDVDで入手できる。

大人のドラマなのだ

コメディとしての記憶しかないテレビ版と違って,後に見た映画の方はほろ苦い結末がちょっと意外だったのだが,最近久しぶりに見てようやく「ああ,こういうドラマだったんだ」と納得できた。大人のドラマなのだ。

戦線を遠く離れた退屈な貨物船を舞台に,暴君として君臨する艦長,前線で戦うことを願いながら地味な任務に縛りつけられている主人公ロバーツ,抑圧された日常にくすぶっている乗組員たち……それぞれのぶつかり合いが時にシリアスに,時にユーモラスに描かれる。

海軍のサポートを得て作られた映画にしては派手な見せ場は一切なしという,文字どおりドラマと演技だけで勝負の作品である。しかしこの歳になって見るとそこがまたよいのだ。僕は今でも「ドラゴンボール」が楽しめるけど,若いときにピンとこなかったものが楽しめるようになるという意味では歳をとるのも悪くない。

さて,この「ミスタア・ロバーツ」だが,本編の方は実際にビデオなどで見ていただくとして,実は最近見たDVD版のサプルメント映像がなかなか印象的だった。映画の周辺エピソードが好きな方には一見の価値があると思う。

名場面再現

別項で取り上げた往年の人気バラエティ番組「エド・サリバンショー」はもちろん歌手以外にもさまざまなゲストが登場した。この「ミスタア・ロバーツ」公開時には主演のヘンリー・フォンダ,艦長役ジェームズ・ギャグニー,デビュー時のジャック・レモンが出演し,その時の映像がサプルメントとして収録されている。

何気なく見ているとちょうど物語の要であるロバーツと艦長の迫力あるやりとりのシーンなどが出てくる。モノクロである。映画の方はカラー作品なのだが,当時のテレビ(55年ころか)がモノクロなので,番組中で紹介される映画のワンシーンもモノクロになっている。

……のではない。これは映画の中のワンシーンを番組中で当の俳優たちが再現して見せたものだったのである。

そういえば衣装が違う,セットが違う。第一フィルムでなくビデオテープの映像だ。でもぼんやり見ているとそのまま納得してしまう。たった今見終えた映画なのに,である。名優たちが映画の本番と同じテンションで演技してくれているので見入ってしまうのだ。そういえばこの作品は元々舞台劇で,ロバーツ役はフォンダの当たり役だったそうだ。俳優は演技を見せるものなのだということをあらためて思い知らされる瞬間である。

同時に今の映画ではこれがほとんど不可能な企画だということもわかる。

現代の映画では俳優たちのクランクアップは製作過程のほんの通過点に過ぎない。膨大なポスト・プロダクション作業が不可欠であり,背景などごく普通の光景に見えて実はヴァーチャルな産物であることが多い。テレビのスタジオでちょいとセットを再現なんてことはもうできないのだ。

映画の中で俳優が今よりずっと大きな存在であった時代を感じさせてくれる貴重な映像であった。

名優の涙に感動する

このサプルメントでもうひとつ感動的なのは,映画から25年後,ケネディ・センター名誉賞受賞セレモニーの際の映像だ。海軍のコーラスに聴き入っていたヘンリー・フォンダに対して歌い終えたメンバーの代表が敬礼し,

Thank You Mr.Roberts

と映画のシーンよろしく感謝の意を表すところである。きっとこの物語は米海軍にとっても大切な作品として扱われているのだろう。

で,その場面でフォンダが感極まってか涙を流すのである。ロバーツ役が彼にとっていかに思い入れのある仕事であったか,そのキャラクターがいかに愛され続けてきたか,ということがうかがえる感動的なシーンだ。きっといろいろ若いころのことを思い出しているんだろうなあ,と見ているこちらも涙目になりそうな映像だった。ついでにこの部分のナレーションは彼の娘がやっている。もちろんジェーン・フォンダである。

普通は照れくさくてこんなセリフは吐けないのだが,まさに「人に歴史あり」を感じさせてくれる瞬間だと思った。よいシーンだったなあ。

最近はサプルメントてんこ盛りのソフトが増えているが,こういったお宝映像として価値あるものを見せてもらえるととてもうれしい。むろん,本編も一度はご覧になっていただきたい。