夫婦で作るウラとオモテ

アナログ文明に納得

以前にも書いたことだが,アニメーションの手法というのは千差万別で実に多様な表現に満ちている。素材からして「こんなものまで!」と驚くようなものがいろいろある。しかし共通しているのはどれをとっても恐ろしく手間暇がかかるということだ。それを可能にするための作り手の根気と集中力も半端ではない。普通の人間にはとても務まらない世界なのだ。

特徴的なのは,そこで描かれている作品の大半が手作業とアナログな道具で生み出されているということだ。コンピュータが計算で作り出した映像ではない。

だから,それらの製作過程を追ったメイキングやドキュメンタリーはそれだけでもめちゃくちゃ面白くて,目からウロコが何枚も落ちたりアイデアのすばらしさに感嘆したりといったことがよくある。むろん,CGのすばらしさを否定する気はないが,ブラックボックスの中で数学的に生み出される絵にはメイキングの面白さはあまり感じられない。裏側を楽しむという余地がない世界だ。

そこへいくとアナログな実験アニメ,実験映画の裏側はなるほどと納得できる仕組みや理屈で組み立てられているので興味深く見ることができる。そして実際とても面白い。

偉大なる創始者

ピンスクリーン,あるいはピンボードといわれる手法については以前にも触れたが,数十万本もの微細な針をボードの前後から押したり引いたりしてその針が作る陰影をコントロールすることで絵を作り出す手法だ。聞いただけで恐ろしく手間がかかりそうだということは素人にもわかる。

このサイトでも何度か取り上げた「映像の先駆者」シリーズの一枚,「アレクサンダー・アレクセイエフ&クレア・パーカーの世界」はそのピンスクリーンの生みの親である二人(夫婦)の作品を収めた貴重な一枚である。これを見ると先駆者とかパイオニアといった言葉はなるほどこういう人たちのためにあるのだなということが素直に納得できる。

彼らが作り出したピンスクリーン(初めはピンボードと呼ばれていた)は実に百万本もの針を使った代物で,映像に見るその使い方は現代のピンスクリーン作家たちのそれとさして変わらない。ピンを押し出したり線を描いたりする小道具類も似たようなものだ。変わらないというよりそのまま引き継がれていると言った方がいいのだろう。元祖は偉大なりだ。

このLDには二人がピンスクリーンの使い方を解説したドキュメンタリーも収録されているのだが,これなどは映像に興味のある人には絶対に見逃せない。機会があれば是非ご覧になっていただきたい。

夫唱婦随とはこのことか

ああ,なるほどと思ったのは二人がピンスクリーンをはさんで立ち,例えばアレクサンダーは表でピンをコントロールして絵を描く側,クレアはボードの裏側から夫の指示でピンを押し出したり絵を消去したりする側,という共同作業をしていることだ。実際には役割分担はもっといろいろあったのだろうが。

なんだそんなの当たり前じゃないかと思われそうだが,ピンスクリーンという描画装置の性質上,息のあったペアがこうやって作業する形がベストである。以前見た別のアーティストの場合はこれを一人でやっていたから,効率の点でもそうとう違っているはずと思ったのだ。

ボードをはさんで表と裏で作業するわけだから左右の指示は逆になるし,実際にはもう少し深くとか右下を少し濃く,なんて指示がどんどん複雑になっていくはずだ。となると夫婦で共同作業というのは理想的かもしれない。

ここに登場するのは線を描くための道具,月の形を押し出すための道具,木の葉や雪を効率的に描くための道具……どれもまさに道具そのものであり見ていてとてもわかりやすい。手間はともかく了解可能な世界であって,アナログ文明の親しみやすさのようなものを感じることができる。だから面白い。

そして禿山の一夜

ピンスクリーン・アニメの歴史的名作「禿山の一夜」はそうして生み出されたわけだが,今見ても「おおー」と感嘆する出来で,これを70年以上も前(1933年作)に作った二人の才能には驚くほかない。まさに先駆者。偉大なパイオニアだ。

当時の実写映画で特殊撮影などがどの程度一般的だったかはわからないが,この「禿山の一夜」をいきなり見せられた人たちがどれだけ驚いたかは想像できようというものだ。たいへんな話題になったというが,この摩訶不思議なメタモルフォーゼの世界はちょっとしたトリップ体験だったのではないだろうか。ちょうど「2001年宇宙の旅」のスターゲート以降のシーンがそうであったように。

ところで,僕はピンスクリーン=アニメーションとばかり思い込んでいたのだが,彼らのこの手法はなにも動画に限ったことではない。非常に味のある本の挿し絵をピンスクリーンで描いたことがドキュメンタリーの中で触れられているのだ。そうか!と目からウロコが一枚落ちた感じだ。

そうだよな,もともとアニメーションはコマ撮りなんだから,元になるのは静止画……一枚絵なんだ。イラストやポスターにだって応用できるのだということに今まで全然思い至らなかった。

そんな小さな発見も含めて,ささやかな作品集&ドキュメンタリーの中に優れた作家の創作の秘密と驚異が潜んでいた。このシリーズ,やはりDVD時代になっても貴重な遺産だと思う。メディアがどう変わろうとも常に現役でリリースしてほしいものだ。