そっちも見たかったかも

舞台裏にもいろいろあって

諸般の事情で主役降板,代役を立てて大ヒット,というケースは映画界でもよくあることだ。作品としては結果的に完成したフィルムがすべてである。降板前の顔ぶれで撮影が進んでいても,その部分のフィルムは当然お蔵入りになる。まして撮影に入る前にキャストが変わることなど珍しくもないだろう。

しかし最近は,DVDの普及のおかげで以前なら日の目を見なかったようなものまで見る機会が増えてきた。サプルメントマニアとしてはなかなか楽しく,かつ,ありがたいことである。

さすがにキャスティング前のオーディション風景などはめったに見られないが,それでもスクリーン・テストの様子などは時たま収録されることがある。カメラ・テストだね。映り具合,シーンの雰囲気,俳優のキャラクターとの相性などをちょっと見てみたい,確認してみたいというトライアルだ。広義のオーディションと言えるかもしれない。

僕のコレクションにはあまりたくさんの素材はないけど,このスクリーン・テストをいろいろながめてみるのも面白そうなので,そのうち取り上げてみようかと思っている。

しかし,完全に撮影に入ってからキャストが交代した場合の撮影済みフィルムにはそれらとはまた違った興味がわく。ああ,もしかしたらこの映画はこの顔ぶれで出来上がっていたかもしれないんだなあ,この人がこのまま主役だったらどうなっていただろうなあ,と考えるのはなかなか楽しいぞ。

主役交代劇にも感慨あり

1950年の作品「アニーよ銃をとれ」はコメディタッチの西部劇ミュージカルである。古き良き時代の香りと楽しさが詰まった実にアメリカ映画らしい作品だ。主演はベティ・ハットン。射撃の名手であるヒロインをとりまく騒動の面白さと誰もが知ってる名曲で,今でも舞台になるほどの名作だ。

元々アニー役にはあのジュディ・ガーランドが決まっていて実際撮影にも入っていたのだが,これは彼女の体調不良でベティ・ハットンが代役に立った。本当に体調不良が原因だったのかどうかは知らないが,あの「オズの魔法使」から11年余,ガーランド版の「アニー」も見てみたかった気がする。

というのも,このDVDには現存するジュディ・ガーランド版の撮影済みカットが収録されていて,それがまた興味をそそる出来映えなのだ。

ガーランドとハットン,較べてみるとガーランドの方が娘々してるかな,という感じか。端的に言ってキャラクターがかわいい。本編でアニーが最初に登場するシーンを見ると,ベティ・ハットンという女優さんの顔立ちやあの田舎娘メイクがかなり個性的でインパクトがあった。それに較べるとガーランドはまだ汚し方?がおとなしい。

年齢的にはたいして変わらない(ガーランドがひとつ年下)けど,メイクや衣装の違いもあるのか,ハットンの方がかなりおばさんっぽく見えてしまう。僕は俳優の顔にも時代のカラーみたいなものがあると思うのだが,そういう意味ではハットンの方が古典的な顔立ちなのかもしれない。もちろん,完成作のベティ・ハットンはとても魅力的だが。

お蔵入りでも魅力的

さて,ジュディ・ガーランドが残したシーンは2曲分ということで,そのどちらも収録されているのだが,とりわけ興味深かったのは物語序盤のアニー初登場のシーンだ。

本編では田舎者丸出しのアニーが弟妹たちと1曲歌い,その後ホテルの支配人みたいな男と鳥の売買の商談をし,男の前で射撃の腕を披露して射撃の試合にスカウトされ,それからベンチに腰掛けて銃の手入れをする,という具合に展開する。

ガーランド版も本編とほぼ同じように進み,彼女の歌いっぷりももちろんハットンに劣らず見事なのだが,アニーが銃の腕前を自慢するシーンで

アニー銃を構える「あの雄鳥」(屋根の上の風見鶏?をねらう)
ガチッ(引き金を引く音)
アニー「当たり」
男,屋根の方を見たまま「こいつはたまげた」

となって「えっ?」と驚く。引き金の音だけ?驚くというかハッとするんだね。つまりここで,これがお蔵入りの未編集フィルムだってことにようやく思い至るのである。本編と較べても遜色がないのでついつい見入ってしまっていたわけだ。本編ではここに銃声と弾が当たってはじける風見鶏の頭のシーンが挿入され,それから男の「たまげたな」につながるんだが,なるほど,映画の撮影ってこんな風に進めてるんだなと感じられるひとコマであった。そういえば,このシーンの頭にちゃんとカチンコの部分も入ってたんだ。

昔の人の芸なのか?

更にその後もう一度「おっ」と思う部分がある。上記のやりとりの後,アニーはベンチに腰掛けて「さあバアちゃん磨いてやるよ」と銃の手入れをするシーンへ続く。で,まだ芝居は続いているのだが,ここで「カット」の声がかかるのだ。ガーランドは「まだセリフの途中なのに」と明らかに不満そうにこぼす。収録されているのはここまでだ。

なんでここで「おっ」と思ったかというと,このシーン,もし「カット」の声がかからなければ明らかにまだ先まで続いていたと思えるからだ。一連のシーンの始まりからここまで,曲の部分の動きまで含めて相当な長回しだと思ったのに,まだ続くはずだったのか?黄金期のハリウッド・ミュージカルって長回しの芸がすごいからなあ……などと思ったりしたのである。

でもこれを書くにあたってもう一度よく見たら,歌に入る直前と歌の中ほどと歌い終わった直後にそれぞれカメラが切り替わっているから,もしかすると長回しの一発撮りではなくてそれぞれ別テイクなのかもしれない。まあ,それでも曲の途中で一度しかカメラが切り替わらないというのはやはり現代では考えられない撮り方ではある。

こうして10分ほどの未公開シーンでも,いわゆるNGではなくて,別の主役による本来あり得たかもしれない映像となるといろいろ妄想が膨らんで面白い。パラレル・ワールドではジュディ・ガーランド版「アニーよ銃をとれ」が定番になっているかもしれないね。他の有名作でもこういうケースがあったらぜひお宝映像として提供してもらいたいものだ。

この他にも歌録りの音声がNG込み(笑ってごまかすのはどうも古今東西共通のようだ)で収録されているなど,充実したサプルメントだったと思う。特典はあった方がうれしいけど,大事なのは量より質だということをあらためて感じた1枚であった。