「宇宙戦争」でクラシックSFを満喫せよ

ただ古典とのみ言うなかれ

精密な論考は僕の手には余るが,映画史上に見るSF映画の映像はCG以前と以後に分けられるのではないかと思っている。たとえば,CGの急速な進歩でやたらとアングルが立体的に動くようになったのは確かだし,実際のカメラでは困難な回り込みがずいぶん増えたような気もする。

そんなにあからさまにぐりぐり動かさなくても……なんて思うこともけっこうあるんじゃないかな。便利な道具を手に入れても使う方にセンスがなければ観客を沸かせることは難しい。その意味で,昔の映画は決して侮れないのである。テクノロジーでは劣っても映画人としてのキャリアやノウハウが隅々にまで詰まった充実ぶりが,時として最新技術を凌ぐことも少なくないからだ。

ジョージ・パル製作の「宇宙戦争」はそうした時代を超えて賞賛されるべき名作のひとつだと思う。何よりまず面白い!

1953年作だから半世紀も前の映画(今は2002年7月)ということになる。まさにクラシックな名作と言えるわけだが,そもそもクラシックという言葉には古典的という意味だけではなく,一流の,最高水準の,という意味もあるのだ。断じて古いだけの作品ではないのである。

ただマシーンとのみ言うなかれ

見終わってジャケット表記などをながめていると驚くのだが,この映画,85分しかない。よけいなドラマで水増しせずにストレートに人類対火星人の戦いを描いているせいもあるが,それにしてもたったそれだけの尺でこれほど充実したあれこれを見せてくれるのだ。なんだかうれしくなる。

特にビジュアル面はとてもファンタスティックな出来映えで,このセンスには感動する。中でもあの戦闘マシーン!あれはホントにすばらしい。フォルムといい,カラーリングといい,映画史に残る傑作デザインではないだろうか。

その戦闘マシーンが3機編隊で低空をゆっくり移動しながら,時には破壊光線で街を蹂躙し,時には美しいバリヤーに包まれて人類の攻撃をはね返す。最初の戦闘の際,人類側の砲撃を受けてシャボン玉のような透明のバリヤーが浮かび上がるシーンがあるが,「禁断の惑星」や「宇宙家族ロビンソン」のバリヤーの描写とはまた違ったツルツル感でSF心をくすぐってくれる。いいねえ〜。

加えて人類側にも見逃せない兵器が登場する。核攻撃のために出撃した全翼機である。これについては以前にも取り上げたことがあるが,全体が翼だけの極めて斬新な形の飛行機である。僕は昔この映画を見るまで本当にそんな機体があるなんて知らなかった。現実世界のデザインにもすごいモノがあるなあと感心したものである。

ただ群衆とのみ言うなかれ

こうした一種の大状況を描いたパニック映画では,個々の登場人物より全体的な人々の動きを「いかにも」な感じで見せてくれた方がわくわくする。政府は,軍隊はどう対応するのか。マスコミの報道や一般市民の反応はどうか。

ここでは隕石落下,最初の接触,戦闘,パニック,規模拡大……と話はどんどん進んでいくが,流れを阻害する妙な人物やひとりで状況を混乱させる馬鹿は登場しない。何しろ85分だからそんなヒマはないのだ。これが気持ちよい。

へっぴり腰で火星人の戦闘マシーンに近づいていく田舎町の連中から核兵器の使用を決断するお偉方まで,その場限りのありがちなキャラクターでも演技陣はしっかり仕事しているので変に引っかかるところがない。なにも目一杯リアルである必要はないのだ。見ているこちらが抱いているパターンをうまく突いた描き方でさえあれば十分である。

それは群衆シーンにも言える。

今ならCGで大群衆を作り出すことも容易だが,当時はまだエキストラは人海戦術の時代だ。戦時中の映像なども流用してそれらしく見せているが,避難する市民や爆撃を見守る人々,暴徒や教会に逃れた人たち,むろん軍隊の兵士たちまで,モブシーンもちゃんとそれっぽい絵になっている。このあたりメイキングなどあったらさぞ面白いだろうと思う。裏方は苦労したんだろうなあ。

ただあれかとのみ言うなかれ

もちろん,この映画にもちゃんと主人公やヒロインはいる。何しろ50年代の作品だから起承転結や登場人物の配置はいたってオーソドックスである。大状況の脇を流れる小状況とでも言おうか,物語の目線役,あるいは進行役として彼らの動きがある。

科学者がまだ一種のヒーローたり得た時代のお話なので,主人公はその名前だけで人々に対して指導力や権威を有している。特に説明もなく軍や政府に助言できてしまう偉い人なのである。今ならツッコミ所は多いが,そういう展開でも不自然ではない時代と世界観の産物なのだ。まあ,今リメイクしたら役立たずのひ弱な男どもを蹴飛ばしながら事態と戦う強い女性が主人公になるかもしれないけどね。

ともあれ,有名なボーンステルの天体画で始まり,息絶えた火星人の手が幕を引くこの映画,古典とはいえ豊かで独創的なイメージに満ちた娯楽映画の傑作だ。A級B級と差別する気は毛頭ないが,さすがにビッグネームは違うなと納得させてくれる立派な仕事である。

この作品のようにテレビで何度もリピートされる映画には,視聴者も慣れてしまって「ああ,あれか」と何となく軽く見てしまうかもしれない。けれど半世紀も生き残る映画は並ではないぞ。ノーカットのビデオやDVDでじっくりと,隅から隅まで楽しんでいただきたいと思う。

そりゃあもう,いろいろと面白いこと請け合いだ。