「ロスト・チルドレン」の美しいナイトメア

ひと目会ったその日から

ひと口に好きな映画といってもそれらとの出会いや思い入れはさまざまだ。最初に見たときから一目惚れ状態で好感度が増すばかりという作品もあれば,はじめはイマイチだと思っていたのに見るたびに惹きつけられ,ついにはマイフェバリットになってしまうなんて場合もある。

僕にとってジュネ&キャロ監督の「ロスト・チルドレン」は前者の典型みたいな作品だ。

劇場ではなくLDでの初見だったが,見終わったときはしばし呆然という感じだった。いやもう「えがったな〜」の一言で,すっかりその美しい悪夢のごとき世界に魅せられてしまったのである。ストーリーがどうこうという前にそのイメージとヒロインの可憐さ,そして遠い昔に見た夢のような暗く懐かしい雰囲気が実にすばらしい。

悪夢のかたち

登場するイメージははっきりいってグロテスクである。心身ともに奇形というかフリークスな世界であって,物語の展開もスムーズではない。非常に抵抗感のある流れ方で,精神的にテンションの低い時に見ると途中で眠くなってしまうかもしれない。観客にとってはけっこう張りつめたものを要求される作品だと思う。

登場するのは夜な夜な子どもをさらっていく機械の義眼を装着した一団とか強欲なシャム双生児の姉妹とか調教したノミを使う殺し屋とかクローン人間等々,奇矯な連中がほとんどである。

しかし悪夢そのもののようなこの作品世界は,すべてを淡く照らし出す月の光によって深い幻想に包まれている。この一種独特のイメージが僕には実に魅力的だ。ナイトメアらしい恐怖と嫌悪と美と懐かしさが渾然となった世界を感じさせてくれるのである。

おお,ミエット!

そして,そんな異形の夜を舞台としながら描かれる美少女ミエットと怪力の大男ワンの魂のふれあいがとても切なくて素敵だ。大人の男と9歳の少女(もう少し年上に見えるけど)ではカップルというにはまだ距離があるかもしれないが,このふたりの気持ちは心の深いところでしっかり求めあっている。それが印象的なセリフや美しい音楽とともに伝わってくるので忘れがたい記憶を残すのである。

別項でも書いたが,中盤でふたりがシャム双生児の強欲姉妹に追いつめられるシーンがある。ちょっと普通の映画ではあり得ない展開のあの部分はたいそう印象的だが,その前後のシーンというのがこのふたりの淡い恋(でもホントは深い)と心のふれあいを描いていて僕はとても好きだ。

なんというか,そう,悪夢の中でも可憐な花は咲くのだ。そんな感じが愛しくてこのふたりのシーンは僕にとって思い入れのある場面になっている。

ミエット役のジュディット・ビッテという子はまことにすばらしくてフランス映画界は子役から大人の女優さんまで実に人材豊富だと感心してしまう。ワンの馬のような顔と可憐なミエットの瞳が月の光の下で並んでいると,暗鬱な夜の世界であってもささやかな愛しさと幸福感がただよう。時に夢の中で経験する不思議な優しさに似ているかもしれない。

妄想をひろげよ

ただでさえ奇っ怪な連中が登場するのに加えて夢泥棒の話である。いったいどんな物語なのかなかなか見えてこないし,終盤にまで至らないとよくわからない部分もある。だから理路整然としたストーリー展開を好む人やシンプルな物語をもって評価の基準にしているような人には受けが悪いかもしれない。

画面に描かれたものがすべてという「タイタニック」のキャメロン監督みたいに過剰なまでに何もかも描いてしまうやり方も確かにある。だが,この「ロスト・チルドレン」はすべてを理屈で語ってしまう映画ではなく,妄想をどんどん膨らませることで楽しませるタイプの作品だと思っている。

だからこのグロテスクでありながら美しいナイトメアは,見た後も心の中で増殖を遂げ,時とともに各人各様の幻想世界を広げてしまう。いずれは本来のフィルムに描かれていたものとは異なったイメージにさえ変貌してしまうかもしれない,そんな映画なのである。

故に,見た人同士でも話が合わないかもしれない。僕のいささか大げさな思い入れももはや僕だけの「ロスト・チルドレン」になってしまっているからだろうか。サントラCDを聞きながらそんなことを考えている。