「三匹荒野を行く」ファミリー映画の郷愁

オールド・ディズニーの香り

ディズニーの実写映画というと今でこそはっきりと大人向けを謳った作品も多いけど,昔は独特のタッチのファミリー映画が中心だった。「海底2万マイル」とか「ラブバッグ」とかの実に健全で,かつ楽しい作品群だ。昔々,まだテレビ版の「ディズニーランド」をやってた頃,毎回のように番組の終わりに流れていた(ような気がする)これらの映画の予告は子供心にもえらく楽しそうだった。

どの作品も他の一般の映画と較べると明らかに"ディズニー印"のはっきりしたカラーがあって,ディズニーランドの内と外という境界線が明確に分かるような作風だった。最もメジャーで最も一般映画と近しいと思われる「メリーポピンズ」でさえあのとおり,その色合いははっきりしていた。

つまりあの感じこそがオールド・ディズニーの典型的な劇映画の雰囲気だと言っていいんだろうね。

そうしたディズニーの劇映画が古典から現代へと切り替わったのはいつ頃かというと諸説あるだろうが,僕はタッチストーンで「スプラッシュ」が生まれた時だと思っている。あれは面白かったし,傑作だった。

けれど,21世紀になってディズニーの古典的実写映画群を見直すと,これはこれでとても楽しい。独特の雰囲気のファミリー映画然とした作風に郷愁さえ覚えるくらいだ。安価なDVDで入手できるとなると思わず手が出てしまう。前々からいつかはちゃんと手元に置きたかった「三匹荒野を行く」なんかその典型だ。

おお,動物映画だあ

物語はシンプルだ。知人の家に預けられていた2匹の犬と1匹の猫が,ふとしたことで飼い主の家へと数百キロの道のりを旅することになる……もう題名どおりの映画である。

したがって主役は3匹の犬と猫。この3匹の演技ぶりとそれを見事に切り取った撮影の妙こそが見ものである。人間のお芝居もあるんだけど,それはあくまで背景みたいなものだ。監督の名前にさえ全然気が付かないような映画だが,この作品はきっとそれでいいんだろう。とにかく動物たちの芝居が「さっすがディズニー!」という必見の代物である。

思えば動物映画というのも古今東西いろいろ作られてきたが,こういうのを見るとディズニーの伝統に敬意を表する気持ちになるね。

それに何を今さらという感じだが,やはり動物映画は本物の動物が演技してこそ光るものだ。正直に言うが,メカトロニクスやCGではいかに本物らしくてもうれしくないのである。ありがたみがないと言っては身も蓋もないが,ここは僕としては譲れない一線だ。まあ,さすがに「ジョーズ」にはそこまで要求できないけど。

この映画ではスタッフリストに野外プロデューサーという職名があって「ははあ,するとこの人が動物たちの演技部分を受け持ったのかな」と想像できる。たいへんだったろうなあ。

動物俳優陣は演技賞もの

落ち着いて考えてみると,最近の動物映画が一見ロボットやCGに頼っているように見えるのもそれなりのわけがあるのだろうと思い至る。

特に,やたら動物を擬人化して勝手な感情移入で「かわいそうだ」「虐待だ」とねじ込んでくる連中の存在は小さくなかろうと考える。たぶん犬猫その他のほ乳類は今でもそうだと思うが,そのうち昆虫や小魚,いやミジンコやゾウリムシでも時間外撮影はダメとかNG10回以上は彼らの健康のために慎むこととかいう規則ができるかもしれない。

今は撮影する側もそういった縛りがきつくなっているのは事実だと思う。だからこそこの「三匹荒野を行く」のようなおおらかな時代の映像を見ると気持ちがよい。ああ,昔はこんな撮影ができたんだよなあって感じかな。

実際,こういう映画こそメイキングを見せてほしいくらいで,どうやって撮ったんだろうというシーンがいろいろ出てくる。

例えば主役の3匹のうちのシャム猫テーオなんかかなり危ない目に遭っている。大山猫に襲われて追いかけられるシーンは全速力で逃げ回っているのがよく分かるけど,追いつかれちゃったらマジ危ないんじゃないかと思うし,川に落ちて急流に流されるシーンまである。あれはどうしたんだろう?ぬいぐるみで代用?それとも動物にも危ない役専門のスタント犬とかスタント猫とかいるんだろうか?

3匹の中でも特に演技派で存在感があったのはブルテリアの老犬ボジャーだろうか。よぼよぼの感じがえらく上手いのである。なんで演技派かというと老犬役をやってるのが実は3歳の若い犬だからだ。ま,これは解説の受け売りなんだけどね。ちゃんと演技しているわけで,まさに役者だ。

途中で2頭の熊の子にじゃれつかれるシーンがあるのだが「くたびれているので相手をしない」という設定で,ホントに熊の子にオモチャにされていながらじっとしているのである。すごい役者魂!と人間なら賞賛されるところだ。僕はここでなぜか「ロザリンとライオン」という映画のクライマックスでイザベル・パスコとライオンたちが見せてくれたすごいパフォーマンスを思い出してしまった。妙な連想だなあ。

日本語で聞こう

先にも書いたが,これは3匹の冒険がメインであるから人間たちの芝居はまあ気にしなくてもいい。だから音声は原語(英語)でも日本語でもいいようなもんだが,僕は断然日本語吹き替えでご覧になることをおすすめする。

当然主役の3匹にはセリフなどないのだが,このお話,ナレーション中心で進行するのでそれを延々と字幕で読み進むのはおっくうである。第一俳優たちのオリジナルの声が聞きたいなんて映画ではない。そこで吹き替え版にチェンジだ。

なにしろナレーター役は大御所の久米 明氏なのだ。あの語り口,あの声,まさに動物もののドキュメンタリーでも見ているかの如くどんぴしゃりとハマっている。そりゃーもうお聞きになれば分かると思うが,これ以上の適役は考えられない人選だ。映画ができた時からこの役は彼に決まっていたと言われても信じてしまいそうなキャスティングである。

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自動車があるにしては人々の暮らしが純朴すぎるのでは(なんだか西部開拓時代の雰囲気)と感じたり,突然子供が銃を持って現れ,発砲したりする場面には思わず「いいのか?」とつぶやいてしまうのだが,総じて人間の出るシーンはそんな感じ。途中で出てくる動物好きのじいさんなんか「ホントに動物好きなのか」と突っ込みたくなるくらい鈍感であったりするのだが,まあそれも愛嬌と思って許してあげよう。

なんといっても3匹が旅するシーンがとてもよくて後にリメイク(92年「奇跡の旅」)されたのも納得できる。もしかすると将来またリメイクされるかもしれないが,できることなら本物の動物を使って撮影してほしいものだ。

実は原作についても触れたかったのだが,もうだいぶ長くなった。いずれまた機会を改めて取り上げることにしよう。