「七年目の浮気」20世紀のチャーミングな遺産

2000年に見るマリリン・モンロー

マリリン・モンローが亡くなったのは僕が子供のころだ。つまり僕は彼女の映画をリアルタイムで見た世代ではない。リバイバルを劇場で見たこともない。僕にとってテレビの洋画劇場や後のビデオ/LDでのみ知るアメリカのセックス・シンボルは,だから決して歳をとることのない女であった。

今の僕は彼女より年上の中年男だ。2000年の今,この「年下の」色っぽくてかわいい女優の出演作を見るのはなんだかとても感慨深いものがある。20世紀の中期には既にこの世の人ではなくなっているというのに,こうしてブラウン管やホームシアターのスクリーンで見る彼女のなんと愛しいことか。

まことに忘れがたい女性である。男だけの感情かもしれないが。

後の伝説化/神格化された彼女のイメージには魅かれないのだが,映画の中の彼女はとても魅力的で思わず抱きしめたくなる。特に彼女の代表作のひとつ「七年目の浮気」は僕にとって最もチャーミングなモンロー映画として大切な1本である。この小粋にまとまった小さな世界が大好きなのだ。

主人公の妄想に共感する

今さらストーリーを述べるまでもないと思うが,妻子をバカンスに送り出した中年男(主人公ね)の臆病な浮気心と2階に越してきたプロンド娘のあけっぴろげなお色気が交錯する実に楽しいコメディである。

僕が持っているのは初期版のLDで,今となってはもうちょっとクオリティの高いものが欲しいのだが,字幕の訳文が上出来なので手放せない。

で,この主人公の中年男(トム・イーウェル)は小心なくせに想像力は人一倍というまさにコメディのためにいるようなキャラクターだが,その妄想ぶりがおかしくて笑ってしまう。もうホントにその気分がよくわかってしまうのである。同じ中年だからだろうか。

若い女を誘った後,その先の展開をあれこれ妄想して妙に調子っ外れになるあたりとか,恐妻家らしく妄想の中でのみ女に対して強気で振る舞う姿とか,身につまされるほどよくわかってしまうのが自分でもおかしい。この主人公の妄想の質がとっても共感できちゃうのである。まいったな〜自分も同類なんだろうか。

その冴えない中年男の妄想を刺激するマリリン・モンローの色っぽいこと。あれこれ想像して口元がだらしなくなる主人公の姿はたぶん同世代の男ども共通の反応だろう。オレは違うぞなどと強がってはいけない。この平和な作品世界では彼のドタバタぶりこそが正しい男の姿なのだ。

ブロンドの若い女,特に名はなし

実はモンロー扮するブロンド娘には役名がない。少なくとも作中では1度も彼女の名は出てこない。元が舞台劇であるだけに「ブロンドの若い女」という抽象的な役どころなのかもしれない。

しかしそれを演ずるのがマリリン・モンローとなると話は別だ。この可愛らしさ,無邪気さ,危険なほど無防備なしぐさ,パープリンに見えて実はそうではない,でも言語道断なまでにセクシーなその肢体……まさにマリリン・モンローそのものの魅力に主人公ならずとも目がくらんでしまう。ドレスの肩紐くらい結んでから現れなさい!でもおじさんはうれしいけど。

また,地球人の過半数が知っているのではないかと思われるあの「地下鉄の風に舞い上がるモンローのスカート」とか「下着を冷蔵庫に入れてあるの…」という有名なセリフなどはこの映画の中にある。ロマンチック・コメディの佳作という以上に映画史に刻まれるべき伝説をはらんだ重要な作品なのだ。もちろん,モンローだけを眺めていても楽しいのだが。

あそこまで無防備に中年男の部屋におじゃましちゃっていいのか,とか男にとって都合のいい女性像でありすぎるとか,今なら無粋なクレームがあちこちつきそうではある。けれど正直に言って気持ちがよい。平和なのである。

制作は1955年だからもう45年も前の映画になる。大戦から10年というころだ。アメリカの安心感と繁栄の気分が感じられる時代であり,至極平和で安らげる感じがするのはそのせいかもしれない。

20世紀の小さな遺産

この映画に登場する男たちはみな魅力的な女を見るとふらふらと後をついていってしまうような連中ばかりだが,平和な時代の男はあれでいいのかもしれない。結局女の掌の上でドタバタを演じているだけなんだね。主人公のアパートの管理人など実に憎めないキャラクターでいいぞ〜。あのスケベそうで,でも人のいい目つきが爆笑ものだ。

主人公の妄想ぶり(んな言葉あるか)も抱腹絶倒で,彼の妙に発達した想像力の暴走と絶妙なセリフのかけあいはもう大笑いである。原語で楽しめる英語力がないのが残念で仕方がないくらいだ。さぞ粋なシナリオなんだろうなあ。

ところで,主人公はモンロー扮する若い女を相手にしているわけだが,この物語の世界にもモンローその人はちゃんと存在するようで,1度だけそれらしいセリフが登場する。主人公が友人に向かって自分の部屋にいるブロンド娘のことを「マリリン・モンローかも!」と言うくだりがあるのだ。僕の耳には

Maybe it's Marilyn Monroe !

と聞こえるのだが,これで正しいのかな?もちろんこれは別人とわかっててのセリフ(あーややこしい)で脚本のお遊びだと思うのだが,要するに「ちょっとモンロー似のブロンドの若い女」をモンローが演じているということか。

それにしてもビリー・ワイルダー監督の仕事ぶりは本当にすばらしい。僕は字幕でしか体験できないが,それでも演出のうまさ,タイミング,コメディらしい誇張,キャラクターの描き方等々,どれをとっても敬服してしまう。昔見たよという方はぜひ人生のキャリアを積んだ今,もう1度手にとってほしい。きっとかつて見たとき以上に隅々まで楽しめることうけあいだ。

小さくてチャーミングな,しかしれっきとした20世紀の遺産のひとつがここにある。