輝国山人の韓国映画
<Home>へ

海燕(別名:鴎(カモメ))

ユン・ジョンエ(ナム・ミリム)は,私利私欲を満たすばかりの恋人チョルス(パク・ハク)に失望し,感化院の教師を志願して別れる。

チョンエは,海辺近くの感化院で,自分を片思いするパク先生(キム・ドンギュ)と一緒に愛情に飢えた問題少年たちを誠意を尽くして見守る。

感化院にいるスギルは,「今後もめ事を起こせば,少年院に送る」というパク先生の脅迫にも少しも動じない特に反抗的な子どもだ。

ある日,チョンエの妹チョンスク(チョ・ミリョン)が,継母の虐待を避けて姉チョンエを訪ねてきて,スギルは,チョンスクを別れた姉のように想って彼女になつく。

チョンスクも,スギルが継母のために家出して不良少年になったという事情を聞いて,彼を実の弟のように見守る。

スギルは,模範生になってチョンスクとともにソウルへ勉強しに行くことを夢見るが,妹とスギルの間の微妙な感情を感づいたチョンエは,スギルだけを偏愛することは,他の少年たちを傷つけることになると言ってチョンスクを叱る。

ちょうどチョンエの過去の恋人であるチョルスが訪ねてきて,一緒にソウルへ戻ることを薦めるが,チョンエは,反対にチョルスの現在の潔くない人生を清算しろと説得する。

結局,チョンエの話に納得したチョルスは,変化を約束してソウルへ戻り,チョンエの忠告に責任を感じたチョンスクもチョルスと同じ船に乗る。

一歩遅れてスギルがチョンスクを追うが,船はすでに離れた後だ。後を追ってきたチョンエが,スギルを軽く叩き,チョルスとチョンスクを乗せて離れる船に向かって一緒に手を振る。

[制 作 年] 1948年 [韓国封切] 1948年11月21日 [観覧人員]  [原 題] 海燕(別名:鴎(カモメ)) 해연(일면:갈매기) [英 語 題] A Sea Gull [ジャンル] ドラマ,文芸,啓蒙 [原 作]  [脚 本] イ・ウルリョン(李雲龍) [監 督] イ・ギュファン(李圭煥) [助 監 督]  [撮  影] ヤン・セウン [照  明] キム・ソンチュン(金聖春)       コ・ヘジン [作曲指揮] チョン・ジョンギル(鄭鍾吉) [演  奏] ソウル交響管弦楽団       シニャン(新響)合唱団       ハンソン(漢城)中学合唱団 [美 術] キム・マニョン [武 術]  [出 演] キム・ドンギュ  → パク(朴)先生        パク・ハク    → オ・チョルス(呉哲洙)       ナム・ミリム   → ユン・ジョンエ(尹貞愛)        チョ・ミリョン  → チョンスク(貞淑)       チェ・ビョンホ  → スギル(壽吉)       イ・ジェヒョン  → ク(具)さん        チョン・ジニョプ → スギル(壽吉)の父        ユ・ギョンエ   → スギル(壽吉)の母        チェ・グン    → ウィス(_守)        ユ・ギョンウン  → チャンウン(張雲)  [受 賞]  [映 画 祭] 2016.2.3〜3.6        日韓国交正常化50周年記念 韓国映画1934-1959 創造と開化  福岡市総合図書館 映像ホール シネラ で上映 [時 間] モノクロ 74分 [観覧基準]  [制 作 者] イ・チョリョク(李爀) [制作会社] 芸術映画社 [制 作 費]  [D V D] 日本発売なし [レンタル]  [H P]  [撮影場所]  [M-Video]  [You Tube] https://www.youtube.com/watch?v=_c0VTh9Y9-w(ダイジェスト 7分06秒) [Private ] なし [解説資料] 韓国映画100年史 その誕生からグローバル展開まで(鄭j樺 [著] )98頁 [お ま け] ・この映画は,解放後最初の文芸映画であり,俳優チョ・ミリョンのデビュー作。       ・<カルメギ(鴎(カモメ)>という別称で呼ばれてきたこの映画<海燕>は,長い        間,原本フィルムの行方がわからなくなっていたそうだ。       ・<海燕>は,米軍政庁でしていた検閲業務を大韓民国広報処映画科が引き受けるこ        とになった1948年10月に検閲に通過し,11月21日にソウル中央劇場で封        切り以後,プサン(釜山)で上映され,当局に押収される事件が発生したが,押収        された理由は公表されなかったそうだ。       ・韓国映像資料院の収集部は,日帝強制占領期間の韓国関連映像物を調査するために,        2014年に日本のNHKアーカイブ,日本映像資料院,神戸映画資料館などを訪        問して神戸映画資料館に韓国の劇映画フィルムがあるという消息を聞いたそうだ。       ・安井喜雄(ヤスイヨシオ)神戸映画資料館長が,「3年前に古物商で発掘した」と        明らかにしたこの映画は,保存庫に漢字で<海燕>という題名が書かれたフィルム        缶の中に9ロールの35o硝酸塩フィルムが比較的良好な状態で含まれていたそう        だ。       ・韓国映像資料院は,神戸映画資料館と何回も交渉して,このフィルムを保存目的の        デュープ&サウンドネガティブと上映用プリントフィルムとして制作し,国内搬入        することに決め,日本の現像所であるイマジカ(IMAGICA)ウェストでコピーして        6月に国内に持ってきたそうだ。       ・韓国映像資料院は,このフィルムのデジタル活用本(DCP)を制作して,国内報道        2015年7月7日に試写を通じて初めて公開したそうだ。       ・<主なき渡し船>(1932)で知られるイ・ギュファン監督(1904〜1982)は,日帝強        制占領期間中の韓国映画史を代表する重要な人物だが,<海燕>が発券されるまで        は,現存している映画は,引退作の<男寺党>(1974)だけだったそうだ。       


プラウザの「戻る」で戻ってください。