輝国山人の韓国映画
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自由夫人

最高の興行作として1950年代を代表する映画であり,韓国映画史上最も激烈な論争を呼び起こした映画でもある。この作品は,大学教授夫人のダンスパラムを扱って社会的波紋を起こしただけでなく,現代劇ジャンルの商業的可能性を初めて提示した映画としても映画史的な意味があるとされている。

大学教授チャン・テユン(パク・アム)とオ・ソニョン(キム・ジョンニム)は,息子キョンスとともに暮らしている。

ソニョンは,家の暮らしを助けるために,洋品店で仕事を始める。ソニョンは,偶然に道で同窓生のチェ・ユンジュ(ノ・ギョンヒ)に会って,一緒にうち解けてダンスパーティーに行くことになる。

ユンジュは,友人たちの掛け金を集めて密輸品事業に手をつけており,ソニョンは,隣りの青年シン・チュノ(イ・ミン)に興味を感じて,彼からダンスを習う。

チャン教授は,ハングルを教えるために会っているタイピスト,ミス・パク(ヤン・ミヒ)に惹かれるが,家庭を守るために彼女ともう会わないことにする。

一方,洋品店のハン・テソク社長(キム・ドンウォン)は,ソニョンに陰険な心を抱いて近づき,ハン社長の夫人(コ・ヒャンミ)は,チャン教授に匿名で手紙を送ってソニョンの堕落を暴露する。

著名人の夫人であるユンジュは,恋人ペク・クァンジン(チュ・ソンテ)の詐欺疑惑で警察署に立件され,記者たちのフラッシュ洗礼を受けて,その間の行為が一つ一つ掘り返されると,すぐに自殺してしまう。

ソニョンは,ハン社長とホテルで抱擁しているときに,急に押しかけたハン社長夫人に頬を打たれて通りに飛び出す。ソニョンは,過ちを悔いて家に戻るが,チャン教授はドアを開けてくれない。

しかし,息子キョンスの要請でかんぬきが開かれ,キョンスは,家の前に立っているソニョンに走っていって抱かれる。彼女は,すべてが自分の過ちだったと,ししくしく泣いて反省する。

[制 作 年] 1956年
[韓国封切] 1956年6月9日
[観覧人員] 287,929人 1981年 第1位
      (韓国映画データベース 年度別ボックスオフィス)
[原    題] 自由夫人 자유부인
[英 語 題] Madame Freedom
[ジャンル] メロドラマ
[原    作] チョン・ビソク(鄭飛石)のソウル新聞連載小説「自由夫人」
[脚    色] キム・ソンミン(金聖a)
      イ・チョンギ(李清基))
[監    督] ハン・ヒョンモ [第 作]
[演 出 補] パク・ソンホ(朴成浩)
[撮  影] イ・ソンフィ(李星輝)
[照  明] イ・ハンチャン(李漢[王賛])
[音    楽] キム・ヨンファン
[美    術] イ・ボンソン(李奉先)
[武    術] 
[出    演] パク・アム    → チャン・テユン(金泰淵) 大学教授
      キム・ジョンニム → オ・ソニョン(呉善英) テユンの妻
      ノ・ギョンヒ   → チェ・ユンジュ(崔允[王朱]) チョンニムの同窓生
      チュ・ソンテ   → ペク・クァンジン(白光鎭) オジュ(五洲)貿易合資会社 社長 金融業者 
      キム・ドンウォン → ハン・テソク(韓泰錫) 高級洋品店 巴里洋行 社長 
      コ・ヒャンミ   → イ・ウォルソン(李月仙) テソクの妻 
      ヤン・ミヒ    → パク・ウンミ(朴恩美) タイピスト
      イ・ミン     → シン・チュノ(申春浩) 大学生
      アン・ナヨン   → オ・ミョンオク(呉明玉) 大学生 ソニョンの姪 
      コ・ソネ     → ミョンオクの母 ソニョンの義姉(兄の妻)
      パン・スマン   → キョンス(京洙) テユンとソニョンの息子 
      チェ・ナミョン  → 商人
      ヨン・ヨン    → 刑事 
      ペ・ソンヒ    → ミス・ユン 巴里洋行 職員(なまりがある)
      シン・ミ     → ミス・キム 巴里洋行 職員
      ユン・グムジャ  → ファギョ(花交)会長 
      パク・ミラン   → 女性客 

      特別出演
      ペク・ソルヒ   → チョンニムの同窓生
                 歌(挿入歌 「アベック土曜日」 ユニバーサルレコード吹込) 
      ナ・ボッキ    → 舞踊 

      パク・チュグン(朴[王朱]根)と彼の楽団 → 楽団



[受    賞] 
[映 画 祭] 2016.2.3〜3.6
       日韓国交正常化50周年記念 韓国映画1934-1959 創造と開化
             福岡市総合図書館 映像ホール シネラ で上映
[時    間] 124分
[観覧基準] 
[制 作 者] パン・デフン(方大)
[制作会社] サムスン(三星)映画社
[制 作 費] 
[D V D] 日本発売なし
[レンタル] 
[撮影場所] 
[M-Video] 
[You Tube] https://www.youtube.com/watch?v=L5kaUIuqKFo

[Private ] 韓国古典映画コレクション K-DVD(ALL) 【72】
 
       映画紹介(韓国映像資料院長 イ・ヒョイン)
          
       映画資料集
       ・映画評論家 キム・ジョンウォン <自由夫人>を話す
       ・俳優 イ・ミン,<自由夫人>と1950年代を話す
       ・美術監督 ノ・インテク インタビュー
       ・写真資料集(スチールギャラリー)
       ・ポスター
       ・出演陣および制作陣 紹介
         ハン・ヒョンモ,イ・ミン,パク・アム,ヤン・ミヒ

[解説資料] 韓国映画100年史 その誕生からグローバル展開まで(鄭j樺 [著] )120頁

      ・チョン・ビソク(鄭飛石)がソウル新聞に連載し(1954.1.1〜1954.8.6),人気を集
       めた同名小説が原作で,連載当時も「中国共産党軍50万名に匹敵する国家の敵」と
       して猛烈な批判を受けた。

[お ま け] ・制作後日談(韓国映画データベース)

        原作チョン・ビソク(鄭飛石)の『自由夫人』は,1954年1月1日から8月6日まで
        215回にわたってソウル新聞に連載され,初めて旋風的人気を集めた作品で,連載
        当時も,「国家と民族のために容認できない罪悪であり,中国共産軍50万人に匹敵
        する国家の敵だ」という激烈な非難を受けた。
      
        単行本『自由夫人』(チョンウム社刊)も7万部も売れ,連載期間中,ソウル新聞
        の部数は,幾何級数的に増えたという。

        オ・ソニョンが,エリート層の夫人であったため,彼女の逸脱は,男性知識人の怒
        りをより一層呼び起こした。

        原作者チョン・ビソク(鄭飛石)は,この小説が映画化されることに内心不安感を
        持ったが,結果物を見て,ヒョンモ監督の手並みに驚き,満足した

        首都劇場で封切り,10万8千人を動員して,1956年興行で1位を占めた。

        「どれも最高級品でください,最高級ですか?」というチュ・ソンテのセリフは,
        市中に「最高級」という言葉を流行させた。

        キスやラブシーンなどの場面においての表現水準の問題と,大学教授夫人が若い男
        と踊り,浮ついた気持ちになるという内容について,1950年代の韓国社会に論議を
        呼び起こした。

        オ・ソニョンと大学生チュンホのキス場面,彼女とハン社長との抱擁場面などが問
        題になって,上映前日まで検閲を通過できなかったし,結局,文教部検閲室によっ
        て4か所100フィートほどがカットされた後に上映許可を受けた。

        ハン・ヒョンモ監督は,映画中に観客のための多様な見どころを入れている。

        歌手ペク・ソルヒが,同窓会の一員として登場し,名士の夫人たちの前で,<アベ
        ック土曜日>を歌い,ソニョンがチュンホと一緒に初めて行ったダンスホール<シ
        ークエンス>でダンサー ナ・ボッキが,マンボ音楽に合わせて官能的な踊る場面
        を過度な長さで見せる。

        これらは,当時有名な芸能人であり,ダンスホールで毎度登場する<パク・チュグ
        ンと彼の楽団>も,当時最も実力あるバンドのうちの1チームだったという。

        <自由夫人>は,以後,さまざまな続編とリメイクが制作された。

        キム・ファラン監督によって<自由夫人(続)>(1957)が作られたし,1969年に
        カン・デジン監督によってリメイクされた。

        このような主題的な側面以外に<自由夫人>は,韓国映画技術史でも重要な作品だ。

        この作品は,思い通りにクレーンと移動車を初めて使った映画だ。

        これが可能だったのは,サムスン映画社の同業者のひとつが,チョンゲチョン(清
        渓川)で機械を作った人だったためだ。

        カメラに問題が生じると,修理をするためにチョンゲチョン(清渓川)に出入りし
        たハン・ヒョンモ監督は,映画制作に関心を見せる機械制作者を引き込んだが,ハ
        ン・ヒョンモ監督が直接描いた図を基に,この制作者が1週間でに移動車とクレー
        ンを作ったという。

        移動車を作るために,米軍部隊から払い下げを受けたヘリコプターの車輪4個を使
        ったという。



      ・ノート(韓国映画データベース)
        
        文化財庁第347号文化財登載フィルム(2007.9.17)

        「最高級をください」「最高級ですか?」「はい,最高級です」
        前後,韓国社会を沸きかえるようにした「戒めパラム」「ダンスパラム」「奢侈
        (しゃし)パラム」を小説化してセンセーションを起こした原作を基に作られた完
        成度ある大衆映画として評価することができる。

        キスやラブシーンなどの場面にあっての表現水準の問題と,大学教授夫人が若い男
        と踊り,浮ついた気持ちになるという内容について,1950年代の韓国社会に論議を
        呼び起こした。

        現代研究者によってこの作品は,1950年代韓国社会の雰囲気の中で,例外的に女性
        の性的欲望を積極的に表現した作品として再評価されている。

        チョン・ビソク(鄭飛石)のベストセラー同名小説を映画化

        首都劇場で封切り,10万8千人を動員して,1956年興行で1位を占めた作品

        キム・ジョンニム(女優)デビュー作




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