以前にも触れたことがあるけど,僕は今どきのミュージカル映画やビデオクリップでのカット割りの細かさにちょっと不満がある。もちろんそれが現代的でシャープなスタイルであることは承知の上だが,エンターテイナーたるもの,長回しに堪える"芸"を見せてほしいと思っているからだ。
しかし言うまでもなく,これはフィルムやビデオの映像として見せられるものについての話だ。大勢の観客を前にした舞台のミュージカルや演劇,オペラやバレエといった世界では常に一発勝負の長回しで勝負しているわけだからね。
さて今や大御所となってしまったあのマドンナ,これを読んでいる皆さんが彼女に対してどんなイメージを抱いているかはわからないが,僕はけっこう贔屓にしている。映画の方ではいろいろ話題になりつつも決定的な代表作には恵まれていないようだが,彼女のアーティストとしての個性や実力はやはり一流だ。
その一端を見せつけてくれるのが1990年の MTV'S VIDEO MUSIC AWARDS の会場での彼女のパフォーマンスである。この手のイベントでは授賞式の合間に人気アーティストのライブが挟み込まれて舞台を盛り上げてくれるものだが,この時のマドンナの「VOGUE」は圧巻だ。
実のところ,あのショウビズ大国アメリカでさえ,ほんの30年ほど前には「だっせえ〜」とのけぞってしまうような演出のステージがけっこうあった。いや,ホントだよ。
以前,当時のアメリカン・ミュージック・アワードの授賞式がオンエアされたのを見たことがあるが,あのスリー・ドッグ・ナイトが演奏しながら舞台袖からステージ中央へ"運ばれてくる"のを見て笑ってしまった。こ,これがあのアメリカの当時の最先端なの?って感じだ。
そのあか抜けしないイメージがいつまでも忘れられなかったので,このマドンナのステージは尚更まぶしく,ゴージャスで希少価値のあるパフォーマンスだと感服したのである。いやあ,これだけのものを見せてもらったらお客さんはそれだけで満足して家路についちゃうのでは,というくらいだ。
古典的な貴婦人の衣裳というか,大きく膨らんだスカートと大胆に胸の空いたドレスでお付きの者たちを従えて踊るその姿。しかも,恐ろしく念の入った振りと演出に加え,センセーショナルあるいはスキャンダラスで卑猥なイメージもたっぷり,という代物である。
僕は彼女のビデオクリップ集のLDで見たのだが,同時収録の本来の「VOGUE」のクリップよりこっちの方が遙かに印象的だった。サイド2のチャプター13である。
男性ダンサーにむんずと胸を押さえられるシーンや,そのドレスの危険極まりないほどの胸の空き方(こぼれ落ちるのをかろうじて押さえてるという風情だ)など,さすがにマドンナ,思い切ったことをやってのけるものだ。
小道具としての扇子の使いッぷりも見事で,軽く投げ上げて持ち換えるところなど,一発勝負なだけに"落とさなくてよかったねー"と言いたくなってしまうぞ。
歌の方はどうも口パクではないかと思うのだが,これだけの"芸"を見せてくれたら文句はない。ロックスターというよりエンターテイナーとしてのマドンナの実力を思い知らせてくれるステージである。この数分間のためにどれだけ準備したのだろうなあ。余は満足であるぞ。
MADONNA THE IMMACULATE COLLECTION WPLP-9045
発売元(株)ワーナー・パイオニア