白い恐怖のトラウマ

■白い恐怖■

以前にもちょっと書いたことがあるが,昔の「日曜洋画劇場」には大小取り混ぜていろいろな思い出がある。もうタイトルもろくに覚えていないような作品の中のワンシーンだけがいつまでも記憶の片隅に引っかかっていたりするのだ。

ヒッチコック監督の「白い恐怖」もそうした作品のひとつだった。精神分析的サスペンスとしては嚆矢ともいえるこの作品,テレビで見たのは何十年も昔のことである。

まだヒッチコック映画を楽しむには未熟もいいところだったが,作中のあの有名な夢のシーンだけが非常に強烈に刻みつけられてしまった。ストーリーはおろかタイトルさえ全然覚えちゃいないのにである。後にあれが同監督の「白い恐怖」という映画であることを知ったのはもうけっこういい年になってからだ。

グレゴリー・ペックとイングリッド・バーグマンというまあ絵に描いたような美男美女のカップルによる心理サスペンス。最後にもうひとひねりあるところがさすがだがストーリーの方は実際にその目で確かめていただくとして,やはりこの夢のシーンが強烈だ。

主人公を縛りつけるトラウマの正体を探るこのシーン。天才画家ダリのデザインによるイメージが子供心にかくも印象的だったというのは,とりもなおさずダリの芸術が持つ力の凄まじさを証明していると思う。終戦の年にこんな映画をやってるんだもんなあ。余裕も何も国力の差はため息が出るほどだったのだ,と思い知らされてしまった。

DVDではチャプター12の82分35秒あたりから。僕の記憶に長くとどまっていたのは最後の走る男とそれを追いかける大きな翼の影の部分だが,超現実的な風景やいくつもの眼,歪んだ車輪などひと目で「ダリだ!」とわかる。

このような独創的・画期的なシークェンスをあの時代に持ち込むというのはたいした決断だと思う。ヒッチコック監督は映像表現の上でも積極的な冒険者だったのだとわかる。もしどんな絵でも作り出せてしまう今の技術をこの人に与えたら邪道だと怒るのだろうか?いやきっと喜んで新作の構想にかかるのではないか……僕にはそんな気がするのだが。

ところでヒロインのコンスタンス(バーグマン)の手配写真が警察に回ってくるシーンがあるのだが,この写真がまさに女優イングリッド・バーグマンのブロマイドそのものという美しい顔写真なのである。こんなきれいな手配写真があるかよ〜と思わず突っ込んでしまいたくなるが,DVDでは同じチャプター12の88分57秒だ。美しいものはいかなる場合も美しいのだということで微笑してあげよう。

主役のグレゴリー・ペックはまだ30前ということでいくぶん線が細く,少し過敏な感じが顔立ちにも出ている。皆がよく知っている彼らしい大人の二枚目の成熟にはまだ少し,という感じだ。今度見直してみてそこがちょっと印象的だった。

原題の「SPELLBOUND」だが,呪文で縛られたとか魔法にかかった,あるいは魅せられた,うっとりしたという意味がある。今度改めて辞書を引き,この映画をふりかえるとこれが実に意味深いタイトルであったことがわかる。なるほどなあ。

白い恐怖 JVBF 47502
発売元(株)日本ビクター