フォネティック・ギャグ

■踊らん哉■

太古の昔から「意志の疎通」というのは人間にとって大変重要な命題だ。個人から国家まで,これがうまくいけばシアワセにもなれるしうまくいかなければ最悪の場合は戦争である。原始的な狼煙の時代から最新の光通信の時代まで,手段が発達してもこの点は変わらない。

いちばん確実なのは1対1で面と向かって話すことで,いろいろな技術革新も結局はそれを再現する形を目指していると思うのだが,実際には直接相手を前にしていても言いたいことがなかなかうまく伝わらない。まして電話や通信などではなおさらだ。意志の疎通にはそれなりの技術やノウハウが必要なのだ。

なぜいきなりこんな堅いことを言い出したかというと,ある映画でこの問題をうまくギャグにしているシーンにぶつかったからだ。フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの名コンビによる往年のミュージカル「踊らん哉」の中の一場面である。

主人公の知人が間違って警察にしょっ引かれてしまい,ある刑務所に連れていかれる。そこから「助けてくれ〜身柄を引き請けに来てくれ〜」と電話してくるのだが,刑務所の名前や場所を伝えようとするのにどうしてもうまく伝わらない。電話では聞き取りにくくて綴りを説明しようとしてもますます聞き違いがエスカレートして焦る……というシチュエーションだ。

これが音声不鮮明な70年も前の電話(1937年の映画)ならいかにもありそうなギャグで,おおいに笑わせてくれる。本筋とはあまり関係のないシーンなのだが,えらく印象に残ってしまった。一度取り上げた作品なのにこうしてこっちのシーンも書いておきたくなったくらいだ。

文字や映像を直接送れるならこういった行き違いもありえないのだが,音声通信主体の時代には当然そういった事態に対するためのノウハウも生まれる。それがフォネティック・コードだ。

要するに確実に文字を伝えるための言い換えの規則である。つまり「朝日のあ」だとか「いろはのい」といった具合に誰でも誤解せずに意図した文字を指し示すためのノウハウである。日常でも適当に使われているが,もちろん個人のボキャブラリーに左右されるような不統一なものでは実用にはならない。

そこでちゃんと統一規格があるのだが,それはフォネティック・コードとか和文通話表といった言葉で検索してみるとすぐにヒットするはずだ。誤解を生まないように考え抜かれているので一般教養として見ておくのもいいかもしれない。国際標準のフォネティック・コードではロミオとジュリエットがそれぞれRとJに割り当てられているのがいかにも欧米的で面白い。ちゃんとカップルで使われているのがいいね。

さて,映画の中ではこうした共通認識のノウハウがないばかりにどうしても言葉がうまく伝わらないさまをギャグにしている。サスクハナー通りの刑務所のサスクハナーがどうしても伝わらない。

サスクハナー....サスク....SUSQ....Q!ビリヤードのキュー!
ビリヤード!....BILL....L!
ラリンクスのLだよ....LARY....N,Mじゃなくて!

という具合に果てしなく伝わらないわけだ。このあたりは字幕でどの程度おかしさが伝わるのか疑問だが,コメディらしい大仰な表情がすごく笑える。結局伝わらなくてこの不運な人物がどういう決断をしたかは本編で確かめていただきたい。DVDではチャプター6,時間にして94分22秒あたりから。

こうしてみるともう半世紀以上前にドラマの面白さというのはすっかり完成していたのだなと実感できる。

踊らん哉 IVCF-123
発売元(株)アイ・ヴィー・シー/ビーム エンタテインメント