アステア&ロジャースのスケート・ダンス

■踊らん哉■

ふと思いついてフレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースの名コンビによる「踊らん哉」を棚から引っぱり出して観た。ジュエルケースのDVDだからかなり前に買ったやつかな。言うまでもなくダンスの神様とそのベスト・パートナーによる一連の作品のひとつだ。解説によるとこれがコンビの7作目だとか。

寝っ転がってぼーっと見ていたのだが,本当に面白かった。なんだかもう映画の本質的な楽しさ面白さっていうのはこの頃とうに出来上がってるんだなと,そんなことまで実感できるほどだ。

なにしろこれ1937年の映画なんだよ。今から70年くらい前の作品。だけど物語の楽しさ,粋なユーモア,見せるための様々な工夫,そういったエンタテインメントとしてのノウハウや文法はもう立派に完成してるんじゃないかと思ったな。今と違うところってテクノロジーだけ。あとはまあ時代による演出方法のトレンドくらいじゃなかろうか。

考えてみればこの2年後には映画史に残る2大名作「風と共に去りぬ」と「オズの魔法使」が登場するわけだから映画産業が元気いっぱいだった時代なんだろうな。

大人の恋と粋なコメディと神業クラスのダンスと……もうそれだけあれば十分じゃない?と言いたくなるような完結した「映画」そのもの。大作とか超傑作とかいうたいそうな世界ではなく,ごく普通のプログラムピクチャーの1本なんだけど,何というかすべてに余裕たっぷりという雰囲気がとても気持ちいい。ああ,人間の世界はこの時点で留まっていてもよかったのになあ。

実は躍動的なタップダンスをやりたい名バレエダンサー(アステア)とミュージカルの花形(ロジャース)が恋と結婚のドタバタ迷路で繰り広げる軽いコメディ。そしてこれは超絶あっぱれ言うことなしの数々のダンスシーン。他に何が必要だと言うんだ?

ダンスシーンでいえばいくつも派手なシーンはあるのだが,ここではあえて途中の公園のシーンを挙げてみたい。ふたりがローラースケートで滑りながら踊るシーンだけど,僕はここで妙にデジャヴュを感じるものがあってちょっと考えた。ああ,そうかとすぐに納得したんだけどこのシーン,後のフィギュアスケートのアイスダンスを彷彿とさせる雰囲気があったんだね。

アイスダンスは好きでけっこう見てきたし録画もしたけど,このシーンには半世紀後のアイスダンスを思わせるものがあると思う。ローラーとアイスの違いはあるけれど37年の映画ということを考えればずいぶん時代を先取りしたパフォーマンスだと感心する。そもそもアステアにしろロジャースにしろちゃんとスケートもできるところが芸達者だよなあ。

うちの古いDVDではチャプター5,時間にして72分23秒あたりからかな。彼ら黄金時代のミュージカルスターの常として長回しで芸を見せてくれるところがすばらしい。古典的ミュージカルはダンスシーンがそのままひとつの演目にもなっているものが多い。独立したダンスパフォーマンスだと思えばいいのだが,そういう部分をストーリーと関係ないじゃないかと感じてしまう人には残念ながらこの楽しさは実感できまい。お気の毒だ。

そういえば「ザナドゥ」という映画で老年時代のジーン・ケリーが若いオリビア・ニュートン=ジョンとローラースケートで踊ったのを思い出したかな。でもまあそれはまた別の話。

踊らん哉 IVCF-123
発売元(株)アイ・ヴィー・シー/ビーム エンタテインメント