アナとフランケンシュタインの怪物

■ミツバチのささやき■

たいていの映画は好むと好まざるとにかかわらずラブ・ストーリーだとかSFだとかアクションだとか何らかのレッテルが貼られるものだ。客の方もそれで何となく安心して接し方を決めるようなところがある。しかし,そんな型どおりの分類が不可能な(やっても意味のない)文字どおり「映画」としか言いようのない作品もある。

ビクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」はとにかく「いやよかったねー」とか「すばらしい」といった表現はいくらでもできるんだけど,さてどんな映画であるかということを未見の方に説明するのは難しい。お手軽なレッテルとは無縁の作品だからだ。

映画を見てフランケンシュタイン(の怪物)の実在を信じた少女アナ。その日常に密やかに紛れ込む生と死と幻想……いやいやそんなありきたりな言い方ではこの希有な作品を表現することはできないな。

やはり美しい映画としか言いようがないのだ。

6歳のアナを演じたアナ・トレントは世界中のファンをとりこにしたのも当然というすばらしさで,その後女優としてビッグネームになれなかったのも納得できてしまう。これほどこの作品の印象が強烈だと,ファンは無意識に彼女を6歳のアナのままにしておきたいと願ってしまうからだ。

さて静かな静かなこの映画,しかし見所は実に多くて1度の鑑賞で終わらせてしまうにはあまりにももったいない。機会あるごとに見直して幾重にも折り重なった意味や象徴を発見するよろこびがここにはある。派手なエンタテインメント作品でもないのにリピーターになってしまう不思議な映画なのだ。

僕自身は線路で列車を見送るアナとイサベルの姉妹のシーンがとても印象的で,構図としても「おお〜」とうなったものだが,今回はクライマックス?の方を選んでみた。アナが精霊たるフランケンシュタインの怪物と出会う場面である。

これが本物の神秘体験なのかアナの幻想なのかということはたいして問題ではない。映画の中に引き込まれた観客にはどちらであろうとかまわない。アナがそれを見た,ということに不思議な満足感を覚えてしまうのである。

ボックス仕様のビクトル・エリセ作品集のLDではサイド2チャプター11の32分5秒あたりから。怪物のなんとなくもの悲しそうな表情が印象的だ。このシーンは31年の「フランケンシュタイン」の有名な場面とだぶっているのだが,同じ構図でも夜にもってくるとこうまで神秘的になるものか。

ともあれ,およそ映画好きを自認するなら必見かつ必携の名作だ。本編中で重要な舞台となる廃屋にトコトコとかけていくアナの姿が忘れられない。

ミツバチのささやき PILF-2575(PILF-257501)
発売元(株)パイオニアLDC