ジャングル大帝の冨田勲を極める

偉大なるかな冨田勲

一時期,僕のHPの第5の部屋,ROOM 5としてサントラにまつわるあれこれを書いていこうかなと思っていたことがある。映像とBGMは切っても切れない仲だし,思い入れのある曲も少なくないからだ。ただ,サントラコレクターではないので早晩ネタに詰まることは明らかで,結局実現しないまま今に至っている。そのうち材料がたまってきたらまた検討してみようかな。

さて,映画/テレビを問わず,ごひいきの作曲家はみなさんにもおありだろう。僕の場合はなんといっても冨田勲氏である。ご存じ世界のトミタ,シンセサイザー音楽の父とも称えられるすばらしい音楽家だ。しかしそれ以上に,数々のテレビ番組や映画音楽での仕事ぶりこそが僕にとっての冨田勲の世界である。

その壮大で美しいメロディ,流麗な響き,色彩感あふれるオーケストレーション……冨田勲の曲は大帝国の戴冠式に使われるでっかい宝石のような光を放っている。試しに「新日本紀行/冨田勲の音楽」というCDをお薦めしておこう。氏が手がけた作品の中から厳選された名曲を雄大な新録音で聴かせてくれる実にぜいたくな1枚である。これが出たときには「ファンの夢がかなった」とさえ思ったものだ。

氏はまた手塚治虫と組んで数々のテレビアニメの仕事をしているが,中でも忘れられないのが「ジャングル大帝」である。

永遠のマスターピース

テレビアニメ版「ジャングル大帝」は原作とはまるで別物なので酷評する向きもあるらしいが,子供の頃リアルタイムで見ていた僕にはアフリカのサバンナの強烈な原色のイメージがこの作品で焼き付けられてしまった。文字どおりのインプリンティングであるが,それを決定的なものにしたのが冨田勲の音楽である。

もうこれはなんと言ってよいのかわからないほど印象深くて,たぶん一生ついて回るだろうと思っている。あの赤いアフリカの大地(後に読んだ記事によるとこの作品の美術は意識的に原色系を多用したということだ)に響く雄大でエモーショナルな曲は僕の音楽体験の原風景だ。

当然「ジャングル大帝」の曲は欲しかった。LP時代に冨田氏自らシンフォニーとして書き上げた「子どものための交響詩/ジャングル大帝」を買ったときは感無量だった。まごうかたなき「ジャングル大帝」の世界が壮麗に展開する傑作で,後にCDでリリースされたときにももちろん買った。

この交響詩版には明確にストーリーがあったため,聴いていると物語序盤の一番ドラマチックな部分が鮮やかに浮かんでくる。特に終曲の「アフリカが見えた!」のパートが絶品で,一瞬「レオのうた」のモチーフがかぶさるあたりはあまりにもカッコよく感動的で泣けそうになってしまう。

この印象は僕に限ったことではなかったようで,後にこの交響詩版にアニメーションの映像をつけたLDがリリースされたことがある。むろん買った。映像部分はオール新作画でなかなかクオリティも高く,セリフがない分かえって好印象であった。

よみがえるレオ

テレビ版から30余年,97年夏に新作劇場用アニメとして「ジャングル大帝」が公開された。あの「もののけ姫」や「エヴァンゲリオン」が大ヒットしている時期である。それらの陰に隠れる形となってしまったが,これはなかなか品格のある作品で,ていねいな作りがとても心地よかった。

なんといっても本家本元の冨田勲が音楽を担当してくれたのがうれしくて,本編を見るより先にサントラを買ってきたのは言うまでもない。テレビ版や交響詩版のスコアを自らリファインしたこの劇場版にはまぎれもなく「ジャングル大帝」純血のメロディが脈打っており,ファンにはまたとない贈り物だった。印象としてはちょっぴり雰囲気がモダンになったかな?というところ。レオが美形なんだ。

余談だが,最初イメージソングが松たか子と聞いて「えーやだなー冨田さんの曲で統一して欲しいなー」と思ったものである。この曲のみ作曲者が別の人だったし,売れてるアイドルを安易に使いたがる製作側のアホさが嫌だったのだが,映画本編を見てアホはおのれの方であったと知った。彼女の歌がラストに流れるのだが,これが違和感なく,けっこう気持ちよかったのである。偏見はいかんなあと正直反省。

不滅のジャングル大帝

そして99年夏。今までオリジナルサウンドトラックがなかったテレビ版「ジャングル大帝」のサントラCDが遂に登場した。30数年前の痛んだ録音素材の中から最新のデジタル技術で修復された4枚組,109曲におよぶ歴史的遺産である。

もうこれ以上何を望むことがあろうか。交響詩版や劇場版の原型であり,僕にあの赤いサバンナを刻みつけたモチーフの数々がよみがえったのである。冨田氏は最初この企画を「いったい誰に向けての商品なのか」と快諾されたわけではなかったらしい。なにしろ30数年前のテレビアニメのサントラ,しかもCD4枚組で1万円という高額商品だ。

だが,氏は自らの作品の偉大さを過小評価していると思う。この企画の実現を待ち望んだファンは少なくないはずだ。たとえみな中年のおじさんおばさんになっていようとも,レオの勇姿やアフリカの原色の大地,ジャングルの動物たちのエピソードの数々は冨田勲のすばらしい楽曲とともに生き続けているのだから。

名曲とは魂に刻まれる曲のことなのだ。

追記:このテレビ版のサントラボックスは結局冨田さんのお気に召さず,店頭から姿を消してしまった。氏のディスコグラフィーからも抹消されているようでファンとしても思いは複雑だが,仕方がない。いつか熱意ある企画者の手でよみがえる日の来ることを願っている。