電話も遠くなりにけり

ダイヤルって何?

どうも電話が苦手である。そう言っただけで時代から置き去りにされそうな気がするが,とにかく電話で人と話すのが苦手だ。厳密に言うと,電話をかけて呼び出し音が鳴るのを聞いている間が妙に落ち着かないのである。なんだかドキドキしてしまうのだ。

そのくせオフィスでは電話の応対にうるさい人間で,我ながら身勝手な奴である。後輩どもにとってはさぞ付き合いにくい先輩だったろう。ははは。しかし仕事場の多機能電話が単機能(しゃべるだけ)でしか使えずにどこか肩身の狭い風情だった上司の姿は他人ごとではなかった。こちらも似たようなものだったからだ。

その昔,我が家に初めて電話が来たときにはその黒光りするボディに文明のオーラを感じたものだが,結局電話嫌いに育ってしまった。これも相性というものか。

プッシュホン以前のことだからダイヤル式の電話だったわけだが,このダイヤル式というのはご承知のとおり,かなり後年まで生き延びた。僕が社会人になってもオフィスでは現役だったが,プッシュ式で育った新入社員たちは回したダイヤルが自然に戻るのを待ちきれずに指やボールペンで戻してしまうため間違い電話が多かった。まともな頭と観察力があればなぜ間違い電話になるのかわかりそうなものだが,いつの世も新入社員というのは先輩方の常識を裏切ってくれるのだ。

電話ボックスって何?

現在のような携帯電話の爆発的な普及というのは,おそらく誰の想像をも超えていたと思う。おかげで日常の光景・風俗までもがずいぶん様変わりしたが,変わったのは現実の風景ばかりではない。

電話というのは映画においてもたいへんポピュラーな小道具だ。物語の重要な小道具として描かれることもある。映画ファンならずとも,劇中で電話がキーになっている作品はすぐにいくつかあげられるだろう。しかしその大半は従来の固定式電話を前提にして成立しているものではないだろうか。各人がいつどこにいても通話可能な時代には使えないシチュエーションやエピソードがいろいろ出てきたのである。

そもそも「ダイヤルする」という言葉が死語になるだろうし,道に迷ったカップルが怪しげな館にたどり着いて「よかった,ここで電話を貸してもらおう」などとつぶやくのもノーだ。電話機のフックを使った古典的なトリックも使えなくなる。

何かの映画で見たスパイ同士がずらり並んだ電話ボックスで駆け引きをするシーンもリメイク時には書き直さなくちゃいけない。電話ボックス自体も遠からず風景の中から消え去ることになるだろう。

「シャレード」でジェームズ・コバーンがオードリー・ヘプバーンを電話ボックスの中でいじめるくだりがあったけど(あそこ好きなのだ)あのシーンも20年後には意味不明になっているかもしれない。あの小部屋は何?というぐあいに。

2号自動式壁掛電話機って何?

そうそう,古いと言えば昔の邦画に出てくるあの壁掛け式というか柱掛け式みたいな旧型電話機があったな。あれはさすがに中年の僕も体験していない。実物を見たこともない。もうひとつかふたつ上の世代のシロモノだろうか。

いろんな映画で覚えがあるが,あんまり注意して見たことはないのでイメージもおぼろげにしか思い浮かばない。先日「となりのトトロ」を見ていたらサツキちゃんが電話をかけるシーンに登場していたのがこれだった。「東京の31局の1382番をお願いします」というくだりね。

形をよーく見て調べてみると,どうやら2号自動式壁掛電話機とかいうタイプらしい。なるほどねえ,こういう形をしていたのかと妙に納得してしまった。

アンティークと呼ぶには素っ気ないデザインだが,古式ゆかしい電話機という感じである。文明の利器ではあるが,和風の霊が宿りそうな趣だ。しかし巷の噂によると最近は携帯電話を持った幽霊が出るらしい。あちらの世界にも流行のアイテムというものがあるのだろうか。いまだにケータイを持たない僕は幽霊より遅れていることになる。

今はホラー映画でも冥界からメールが来るご時世である。携帯電話と聞いてつい漢字で「無線機」と連想してしまうようでは化石人類と笑われそうだ。うーむ。

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かつての電話機は遠く離れた声をつなぐという便利さとともに,未発達の道具らしい様々な制約があり,それがいろいろなドラマと印象的な光景を生み出してきた。が,そんな従来の電話のイメージは急速に変わりつつある。

このまま携帯電話や情報端末の進化が進むと,近い将来,電話とテレパシーの中間くらいの便利さを誰もが持てるようになるに違いない。そんな時代にSFでもないごく普通の映画やドラマがどんな風景を持つことになるのか,生きているうちにこの目で見てみたいものである。

待ち遠しいのか,それともこわいもの見たさか。さて……。