ステップ・バイ・ステップ

憧憬の時代

小説でもいい,コミックでもいい,あるいは映画や音楽でもいい。

ある日ある時,あなたはそれまで知らなかった楽しい世界に出会ったとしよう。おめでとう,これからあなたには数々の発見,あまたの興奮,そして尽きせぬ喜びが待っているだろう。それはまさに蜜月の甘美さに似てあなたの日常を輝かせくれるはずだ。

この世にこんなに楽しくすばらしいものがあるとは知らなかった!

あなたは一片の疑いもなくそう語る。ファンあるいはマニアとして夢のような季節が到来したことを実感し,この幸せな時間がずっと続くことを願うに違いない。

模倣の時代

至福の時がやってきた。

今やあなたは,好きな作家あるいはアーティストの生み出す世界に自分を重ね合わせることに限りない喜びを感じている。誰にも一度は訪れる,まるで熱病のような夏の時代。

あなたは"彼"もしくは"彼女"の語る言葉で話し,同じ言葉で文字をつづる。それはとても気持ちのよいことなのだ。敬愛する,あるいは崇拝する彼らと同じ言葉を口にするとき,自らもまた同じ高みにあることを感じ,かつての自分と同じ"幼い"者たちにこのすばらしい真実,文化,創造の果実を授けたいと思うだろう。

無知で幼稚な自分は彼方へ去り,今あなたは"彼ら"と一心同体だ。ああ,自分はなんとすばらしい世界と出会ったのだろう。

誘惑の時代

楽しくて楽しくて毎日が新鮮だ。次々に新しい発見があり,出会いがあり,自分が大きな渦の中心にいるような気がする。自分の好きな"彼ら"あるいはその創造物についてあなたはもはや自分のことのように語る。

そしてある時ふと思うのだ。

今まで"彼ら"の姿をずっと追いかけてきたが,あれほどの情熱が何も生まないはずはない。その証にかつてまばゆいばかりに輝いていた"彼ら"の存在にも手が届きそうな気がする。あれほど熱中した"彼ら"の創造物も今の自分にはすべて分析できるし,細部に至るまで理解可能だ。自分はいつの間にか"彼ら"に追いつくまでに成長したのではないか?

いや,それどころか今の自分には"彼ら"でさえ気がつかなかった瑕疵や欠点までも明瞭に見えるではないか。そうだ,自分は既に"彼ら"と対等の存在になったのだ。

対立の時代

新たな日々が訪れた。もはやあなたはかつての幼い自分から完全に脱却したのだ。今にして思えば"彼ら"を盲目的に追いかけた日々はなんと幼く,微笑ましい,しかし未熟な時代であったろう。あなたは成長したのである。

成長し,高度な眼と精神を備えたあなたは考える。

自分はもう以前のように無邪気に"彼ら"を賛美するような子供じみた活動をしてはならない。"彼ら"がより良い創造と発展を成し遂げるための的確なアドバイスをなし,正しい方向へ進むべく常に指導してやらねばならない。それこそが自分の責務であり,ファンとしての最大の貢献なのだ。

他の,物事がよく見えていない幼いファンたちには私の発言はいたずらに苦言を呈しているだけに見えるだろう。でもそれでいい。喜んで悪役を引き受けよう。私にはすべてが見えているのだから。あああ,この充足感。私の言うとおりにすれば"彼ら"とその創造物はもっともっとすばらしく成長する。

そうだ,あなたはもはや"彼ら"を教え導く存在になったのだ。

傲慢の時代

しばしの時が流れる。あなたは既に誰の追随も許さぬ高みにある自分を自覚している。かつて熱中した"彼ら"も今のあなたにとっては他の非才な連中と同レベルの小物に過ぎない。

あなたの愛するがゆえの忠告を聞こうともせず,違う道へと進む"彼ら"にはろくな成果のあるはずもない。あなたのせっかくの救いの手を振り払う愚かな連中には未熟な作品がお似合いだ。そんなものは痛烈に排撃してやろう。さしたる興味もないのだが。

それにしても,とあなたは考える。

最近はどうしてこんな低レベルな奴らがまかり通っているのだろう?面白い,と感じる作品にはとんとご無沙汰だ。もし連中に少しでも自分の意見を聞く賢さがあれば今の何十倍も優れた創造ができるというのに。

よし,このへんで未熟な連中に助言のひとつもしてやろうか。これも誰より真摯に文化を愛する人間としてのつとめだ。とりあえずあの雑誌に寄稿してやるとしよう。BBSに書き込んでやるのもよい。きっとスタッフも大いに喜ぶだろう……。

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こうしてあなたは大いなる文化の理解者として語るのである。もちろん,あなたの言葉がかつてあなたが夢中で模倣した"彼ら"の言葉,表現,そして創造物の粗雑きわまりないコピーに過ぎぬことを知ることはないのだが。