黒いジャガーと白雪姫の関係に悩む

30年目の「黒いジャガー」

タフでクールな黒人ヒーロー,ジョン・シャフトが活躍する「黒いジャガー」をご存知かな。リメイク版もあるが,ここで取り上げるのは71年のオリジナルの方。

そのかっこよさで大ヒット,主人公のスタイルは大変な人気を呼んだ……と知ったかぶりをしたいところだが,当時の僕はそんな事情とは無縁のガキだったので業界での騒がれ方なんて全然覚えていない。ただあの有名なテーマ曲だけはよくFMで流れていたなあという記憶がある。

実はノーカットでまともに見るのは今回が初めてなのだ。DVD版が安価に入手できるのはまことにありがたい。

30年後の今,これを見ていちばん印象的だったのは実に時代色,つまり70年頃の雰囲気が濃密にこもっているという点だ。これより古い映画でありながらもっと新しさを感じさせる作品もあるが,この映画は掛け値なしにあの頃の匂いをドンピシャで漂わせているところが面白い。

やはり音楽でしょう

何も知らんガキだったと言っておきながら,なぜ時代色がどうのこうのと言えるかというとそれはやはりあの音楽のせいである。洋楽を聴き始めた頃と一致するせいかな,あの当時のラジオの記憶,流れてくる音楽,特にソウルトレイン風の曲調が醸し出す空気みたいなものがあるのだ。それも色濃く。

同時に,当時さかんに輸入されていたアメリカ製スパイアクションなどのテレビシリーズを思い出させる雰囲気もある。タフなヒーロー,色っぽい女,銃声とアクション,そのバックに流れるいかにも洋風なBGM……。

そういった僕の中の「70年頃記憶」の匂いを感じるのである。

うまく言えないが,この音楽(by アイザック・ヘイズ)の雰囲気というのは,後に昔のグラミー賞授賞式やアメリカン・ミュージック・アワードの授賞式を見たときに感じたものと似ている。70年頃のソウル系アメリカ音楽の色合いみたいなものが歴然と感じられるのだ。

何故に白雪姫?

物語の方は,ハーレムの黒人組織とマフィアの抗争に巻き込まれた主人公がスリリングな活躍をするというものだが,演出はなんだか翻訳小説を読んでいるようなタッチである。ちょっとよそ見をしていると取り残されてしまう感じで,日本人が日本作家の小説を読んでいるときのようななめらかさとはひと味違う。

セリフなども「そのへんのことは見る側もすべて承知のはず」という前提で使われているようで,字幕で見る日本人には一拍のズレがあるかもしれない。

そういえば,たいしたことではないが「おや」と思ったセリフがひとつある。劇中,黒人組織のボスの手下が主人公に対し「やい,白雪姫」と呼び止めて「いずれぶちのめす」とすごんでみせるのである。この「白雪姫」がどうもわからない。

Listen, Snow White...(やい,白雪姫)

と言っているのだが,なんで白雪姫なんだろう?これはそういう言い回しがあるのだろうか。黒人社会のスラング?それとも割と知られた表現なのか?場面の雰囲気からすると,しゃくにさわる(手強いから)相手をあえて弱々しいお姫様にたとえて呼んだ,というような感じはするのだが,英語ネイティブな観客ではないのでピンとこない。

手元の辞書やウェブ上で少し調べてみたけどそれらしい記述は発見できなかった。わからないと気になるものである。英語に堪能な方,心当たりがあればぜひご教示いただきたい。

でもって何故に黒いジャガー?

いきなり話が飛んで申し訳ないが,小学館から「和英・英和タイトル情報辞典」という辞書が出ている。アメリカ作品限定だが,その名のとおり映画・文学・音楽等の作品の原題と邦題を短い解説付きで検索できるたいへん面白い1冊だ。ホームページでうんちくを披露したい人はもちろん,パラパラながめているだけでも楽しい。この本では「ライ麦畑でつかまえて」も「死霊のはらわた」も仲良く同席しているのだ。

ふと思いついて「黒いジャガー」を引いてみた。もちろん載っている。原題の「SHAFT」は有名だからみなさんご存知だろう。説明文では「リチャード・ラウンドツリー主演の犯罪映画」とある。うむ,そのとおり。でもよく読むとこれは1であってもうひとつ2番目の説明がある。「1をもとにしたテレビ番組」と書いてあるのだ。

そうか,人気があったからテレビシリーズも作られたのか。なるほどねーと納得しつつ更にそのテレビ版の説明を読むと……

リチャード・ラウンドツリーがニューヨークを舞台に黒いジャガーに乗って活躍する黒人の私立探偵ジョン・シャフトを演じた90分の犯罪ドラマ

と書いてあるではないか。うひゃーである。僕は「黒いジャガー」というのは主人公が黒人でその精悍なかっこよさをジャガーにたとえた邦題だと思っていた。ジャガーといえば有名な車ではあるけど,これホントなの〜?てなもんだ。いやあ辞書って引いてみるもんだなあ。この黒いジャガーに乗ったシャフト,75年に日本でもオンエアされたそうだけど僕には記憶がない。

ううん,こういうのも目からウロコと言うべきなのだろうか。