超大作の証を聴き比べる

早う終わってくれなどとグチってはいけないが

映画本編が終わってエンド・クレジットが流れ出すとそそくさと席を立つ人が多い。なんでそんなにさっさと去らねばいかんのだ?もちっと余韻を楽しむとかいう気分はないのかい,と僕などは思うのだが,視聴スタイルは人それぞれ,これは文句を言う筋合いではない。

それでクレジット後の大どんでん返しや真のエンディングを見逃すことになっても当人たちがまねいたことだしね。しかしそうは言っても最近のエンドクレジットの長さにはさすがの余韻派でもうんざりすることがある。辟易するといってもいい。

たっぷり3曲は聴かされる間「ロケに使った機材を運んだトラックの整備をしたガソリンスタンドの店員が使った電話のケーブルを20年前に配線した職人の着ていた作業服の胸のワッペンのロゴマークをその15年前にデザインした学生が在籍していた大学の広報担当者の使っていたボールペンを納品した文具屋のオヤジの名前」みたいな末端まで記されているんじゃなかろうかというくらい細かいクレジットが流れる。ううむ,ここで席を立つ人の気持ちもわからんではないな〜。たぶん権利/契約上の要求でああなってしまったんだろうけど。

早う始めてくれなどとグチってもいけない

やはり現代人はせっかちなんだろう。しかしそうなると昔の超大作なんか見るのはたいへんだぞ。なにしろ超の字がつくとびっきりの大作になると本編が始まる前に「序曲」(OVERTURE)なんてものがあってこれを聴いている間に観劇気分を盛り上げ,それからおもむろに本編に突入するというプロセスだったのである。せっかちな現代人に耐えられるだろうか。

ついでに映画の中ほどには休憩時間(INTERMISSION)用の間奏曲(INTERLUDE)なんてものまであったくらいだ。まあこのゆとりというかぜいたくな時間の使い方も超大作の風格のひとつだったのかもしれない。

何しろ「序曲」といってもたいていスクリーンには何も映らないか静止画のみだ。映画がテレビで放送されたりビデオで売られるようになるとそういったムダに長い(と思われるであろう)部分はカットされてしまうことになる。

ところがマニアとかコレクターという人種にはなにがなんでも完全版を求める習性があるから,たとえ画面がただの黒バックでも公開当時のオリジナルの序曲とインタルードを入れてくれと要求する。テレビでは無理でもせめてビデオではそうしてくれ〜〜と望むわけだ。おかげで昔カットされていた序曲などが収録されるようになった。いわば超大作の証である。

そうそうたくさん見ているわけではないので

序曲や間奏曲付きの映画がどのくらいあるのか,僕程度のキャリアでは判然としないが,誰もが知っているタイトルで聴き比べてみるのも面白いかもしれない。

たとえば超大作史劇「十戒」だ。これは序曲前にプロデューサーのあいさつまである。前フリも並ではない。すでにこのとき(56年)死海文書について触れられているので某アニメのファンたちはピピッとくるかもしれない。

たまたま持っているサントラでは序曲と前奏曲を意味するOVERTUREとPRELUDEという曲がそれぞれ収録されているが,前者はこの映画のメインテーマらしい曲,後者はオープニング・クレジット(けっこう長い)のバックにかかる曲でどちらも映画での序曲とは別物だった。まあ僕が見たのはLD版だけど,冒頭の序曲はもう少し小ぶりな感じの短い曲で前記2曲の方がよほど序曲らしい風格があるかもしれない。

誰もが知ってる「風と共に去りぬ」の序曲はとってもおとなしくて地味。美しいが印象は薄く,いかにも幕が上がる前のBGMという感じだ。その後キンコンカーンと鳴っておなじみのセルズニック・インターナショナル・ピクチャーのタイトルと超々有名曲である本編のオープニングへとなだれ込んでいく。あのオープニングテーマを前にしてはこんなおとなしい序曲など誰も覚えてくれないだろうなあ。

しかしオープニング部分はリリースのバージョンによって微妙に違うので,僕の持ってるLDの序曲が本来のものかどうかはちょっと自信がない。

序曲といったらやはりこれでしょう

かの「2001年宇宙の旅」の序曲は「おお,いかにも2001年だわい」という神秘的というか不気味というか,終盤のスターゲートのトリップシーンを思わせる曲である。明らかに同シーンに使われている曲が混じっているように聞こえたが,本当のところはどうなのだろう。オープニングのツァラトゥストラは確かにインパクトすごいけど,この序曲も存在感あると思うぞ。

面白いのはエンディングで,おなじみの青きドナウにのってクレジットが流れていくんだけどそれが終わってTHE ENDの文字が消えた後も曲の方は終わらない。ブラック1色だけをバックにその後約5分30秒,最後まで演奏されてようやくおしまい。つまり序曲だけでなく終曲もあったわけだ。こういうぜいたくが許されるのもキューブリック監督ならではかもしれない。

しかし序曲といったらやはり「ベン・ハー」で決まりだろう。

雄大かつ壮麗で風格に満ちたこの序曲,まさに超大作にふさわしい。イントロ部分などあまりにも有名なメロディで大作史劇のシンボルみたいな印象がある。誰もが聴いたことがあるはずだが,有名すぎてこの映画の序曲だと知らない人も多いかもしれない。

やはり「ベン・ハー」はここから見始めねば,という思いにさせてくれる序曲であり,4時間の超大作を今から見るのだという覚悟を奮い立たせてくれる名曲である。むろん本編もこの序曲にふさわしい巨大な傑作であった。

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序曲や休憩,間奏曲に終曲。今じゃ映画が長尺になると劇場の回転率が落ちるからこんな優雅でクラシックな作り込みは歓迎されないかもしれない。しかし序曲やインタルードのある大作の独特のスケール感というのはなかなかリッチでよいものだ。

どれもこれも序曲付きじゃかなわんけど,5年に1本くらいはあってもいいかなと思ったりしている。