銀の調べに涙する

テレビも時にはすばらしい

先日NHKで放送された「妻に贈る銀の調べ」というドキュメントを偶然見た。テレビをつけたらたまたまやっていたもので,タイトルはちょっとうろ覚え。違ってたらごめん。NHKのホームページなどで調べてみたが,仮題しか記されていなかった。

これは実にすばらしいドキュメントであった。

90歳を越えてなお作曲を続ける松平頼則氏は,海外では高く評価されながら国内では評論家との折り合いが悪く,不遇の長老であるらしい。その辺の事情など門外漢の僕には全くわからないのだが,とにかく氏と70年連れ添った奥さんとの静かで深い愛情に満ちた生活を描いた作品である。

実のところ,夫婦愛なんて言葉はへらへら好き勝手に生きている僕には最も縁遠いものだと思っていた……のだが,泣けてしまった。

美しく生きる

夫婦愛というのはこれほどまでに深く美しいものなのか,と呆然とする。ともに90歳を越え,老いと寂しさに少しずつ蝕まれながら,それでも互いの存在を頼りに生きていく二人。かつてカラヤンにさえ賞賛された松平氏はろくに調律もされていない傷だらけのピアノで妻に捧げる曲を作る。その過程がもう実に切なくて感動的だった。涙があとからあとからあふれ出て止まらないという経験は久しぶりだ。

70年も前に身分の違いを乗り越えて結婚した二人(松平氏は華族出身)がどれほど深い愛情で結ばれていたかが伝わってくる。奥さんの大切な宝物は若き日の松平氏の活躍を賞賛した新聞や雑誌の切り抜きである。つらいときにこれを見るのだという。もうあかん,ここに至って涙でテレビ画面がよく見えないというありさま。中年になって涙もろくなっているのかもしれないが,巨人の星みたいにどばどばと涙が出てくるのである。

このふたりはきっと死ぬときも一緒で,知り合ったころの少年少女の姿のままで昇天するに違いない。立原えりかの世界を生きている人がほんとにいるのだなあ,と思わずにはいられなかった。

再放送があったら見逃さないでほしい。