バイバイ、ジャポニカ

インテリジェンス or インテリア

みなさんはジャポニカと聞いて何を連想するだろうか?お米のジャポニカ米とかジャポニカ学習帳あたりかな?ここで百科事典!と勢いよく答えたあなたはもしかすると僕と同類もしくは同世代かもしれない。僕にとってこの言葉は唯一,小学館発行の「大日本百科事典/ジャポニカ」を意味する。

同書は60年代後半から70年代序盤にかけて刊行された本格的な百科事典である。全何十巻というこの種の出版は数年がかりというのが常識だった時代のことだ。小学生から中学生にかけての数年間,ふた月に一度,学校から帰ると机の上にドンと新しい巻が置いてあるのが実にうれしかった。ああ,ワタシってなんて高尚なお子さまだったんだろう。

こういう紙製の百科事典はもはや過去の遺物に近いが,かつての一般家庭ではある種のステイタス・シンボルという一面もあった。本棚の飾りとしてたいそうもてはやされたものである。そういうご家庭では何十年たっても美本で新刊同様という「使い込んでこそ」の書物にあるまじき姿のままだったりする。インテリアじゃないのになー。

活字嫌いの人には信じがたいことかもしれないが,世の中には百科事典を頭から読んでいくのが趣味という人種が存在する。本当である。僕もジャポニカ刊行中は少しだけそんな気があった。

本好きにとって,整然と,かつみっちりと小さな文字=知識が詰まった百科事典という代物はある種,究極の書物なのである。触っていると何かこう陶然とするものを感じてしまうのだ。もうほとんどビョーキである。アブナイよなあ。

残念ながらCD-ROMやハードディスクに収まった電子百科事典では(いかに利便性があっても)この快感?は得られない。前述の百科事典を頭から……という趣味の人種ももはや死に絶えてしまったかもしれない。

映画70年?のころ

しかし僕がいくらジャポニカに思い入れがあろうとも,刊行から30年もたった百科事典は賞味期限切れもいいところである。古びた知識は死んだ知識。今までも引越の度に処分を考えてはいたのだが,今回とうとう踏ん切りをつけて廃棄することにした。ああ,ちょっと悲しいぞ。

この百科事典の刊行は大阪万博の前後だから,映画の歴史はまだ70余年というころだ。廃棄前にちょいと思いつくまま,といった感じで映画関連の項目なんぞをのぞいてみると……。

ずばり「映画」でひいてみると期待どおりなかなか大きな扱いで,しかもけっこう面白いのである。なんか勉強になったなーという感じ。中身があってしかもよくまとまっているというか,さすがに百科事典の執筆者だわい,と妙に感心してしまった。時代を感じさせる記述もあって「一作品の平均的な宣伝費は700万円ないし1200万円が常識である」などと書かれていたりする。

写真は「勝手にしやがれ」とか「モダン・タイムス」といった,まあ定番でしょというものが載っているんだけど,特殊撮影と題された写真は実はテレビの「ウルトラセブン」のものなんだねーこれが。おい,それは映画じゃないだろ!と手抜きを突っ込んでやろう。

また,同じ映画関連でも担当する執筆者によって微妙にトーンが違うのが面白い。しかも,この30年前の執筆者というのが今現在も現役の映画評論家として活動しているあの人であったりこの人であったりするもんだから,ふふん,○○氏らしいやとニヤニヤしたりするのであった。

三つ子の魂に出会う

「アニメーション」の項目に「トムとジェリー」のひとコマが載っていたことは覚えていたのだが,今回久しぶりにそのページを開いてみてちょっと感慨深いものがあった。

そこで写真とともに紹介されているのはトルンカの「真夏の夜の夢」であったりグリモーの「やぶにらみの暴君」であったり,あるいはノーマン・マクラレンの実験的作品や日本の「白蛇伝」「桃太郎・海の神兵」であったりするのだが,これらは当時小学生だった僕には未知の代物ばかり。世界に冠たるジャパニーズ・アニメーションはまだ幼年期の時代だ。トムとジェリー以外は記憶にも残らなかった。

しかし今,あれから数十年を経て僕のライブラリにはこれらのタイトルがちゃんと収まっている。LDを買ったそのときには気がつかなかったけど,自分が何を探しているのか忘れていながらちゃんと探し当てていたのだ。ああ,なんだオレ,ちゃんと道を間違えずにたどり着いてたんだ。いやまてよ,こういうのを道を間違えたというんだろうか……。

更にこれはどうしても目が行ってしまうオードリー・ヘプバーンの項をひいてみると,そこには何と新聞のテレビ欄の記事,それも洋画劇場で放送される「シャレード」の紹介記事の切り抜きがはさんであったのである。

ワオ,こんなコドモのころから自分はなんて健気なヘプバーン・ファンだったのだ!なんだか自分自身を見直してしまったぞ。三つ子の魂,確かに見届けたり!である。

ついでにマリリン・モンローの項もひいてみる。そこにはかの有名な「七年目の浮気」でモンローのスカートが地下鉄の風に翻るシーンの写真が載っていた。しかし,この写真は実はパブリシティ用に撮られたものの1枚で,本編のスチルではない……そんなこともわかってしまうようになったんだなと思ったとき,ふと歳月の過ぎ去ったのを感じて手が止まる。

やはりジャポニカは処分しよう。そう思った。