はみ出し人間のお引越し

ヤドカリ人生の蹉跌

若いころ,転勤を機にひとり暮らしを始めて幾星霜……というか四半世紀は経つ。人生の総持ち時間からしてもこれは軽視できる長さではない。で,その間何度か引越しをしたけど本や映像ソフトの類は捨てないというライフスタイルを頑なに通してきた。自分を楽しませてくれたものは一生面倒を見るというのがポリシーだからね。

僕の持ち物は本が最優先で次が映像ソフトや音楽CDなど。後はPC関係が少しというシンプル・バリエーションだけど,長年の間に相当な分量になっているのはまあ当然か。だから引越しの度に以前より広い部屋に移らなければならなかったが,それは"この道"に踏み込んだ人間にとっては当然のことであってそのための出費も苦労も犠牲のうちには入らない。

ああ,我ながらなんと潔い覚悟!趣味に人生を捧げる境地の心地よさよ。

成長の度に前より大きな殻を必要とする(らしい)ヤドカリのような生き方がこれまでの僕の歳月であったが,もちろん後悔も逡巡も我が聖なるホビー人生には無縁だ。このままあと数十年乗り切れば見事この道を貫徹した誇りとともにこの世を去るという栄光のラストシーンが待っている……はずだった。

だが,蹉跌は思いがけずやってきた。念のため,蹉跌と書いて「さてつ」と読むのだぞ。要するに思わぬつまづきのことである。ちょいと気取った言い方をしたいときには使ってみよう。

いや,何事かというと,私ことNOBLEは諸般の事情によりこの度実家へ引越すことになったのであります。いやあ,ちょっとまいった。なにしろ,我が半生の生き様に反して今度は「今より狭い部屋」に移らねばならないのだ。すなわち,今の荷物が入りきれないのである。こういうのを由々しき事態という。古風な言い回しだから覚えておこう。困ったときにしか使えないのが困ったところだが。

大画面封印

ホームシアターの醍醐味はなんと言ってもプロジェクターによる大画面とサラウンドだ。これはそこそこのシステムでもかなりのぜいたく感を味わわせてくれる。僕もいにしえのビデオデッキ時代から懐具合に見合った大画面を追い求めてきた。だいたい分相応?よりちょっぴり上を目指すのが満足感の秘訣かな。

プロジェクターを使うとなると当然ある程度のスペースを要求される。スクリーンまでの投射距離ってものがあるからね。だから引越しの度にリビングの広さには欲が出る。今までは家賃と引き替えにそれを実現していたわけだけど,今度は昔の六畳間に逆戻りだ。

部屋数がひとつじゃないことだけが救いといえば救いだが,絶対的な空間の容積はいかんともしがたい。他のものもいろいろ置かなくてはいけないので今のところスクリーンの利用スペースがあるかどうかは微妙だ。

仕方がないので思い切って大画面から小市民的画面にシフトすることにした。しばらく実家の普通のTVでがまん。25インチくらいだから面積比で16分の1か。こじんまりしたAVスタイルもたまにはいいかと負け惜しみを言ってみる。原田知世の名作「時をかける少女」のLDを買ったころ,僕はソニーのプロフィール26インチを使っていたからまあ初心に帰る……ということにしておこう。

重量配分に注意せよ

どなたにもお分かりだと思うけど本というのはまとまるとかなり重い。LDも同様だ。CDやDVDはさほどでもないけど本とLDは引越し荷物としては要注意である。サイズと形が決まっているので荷造りや運搬はやり易いが,セッティングには気を遣わなければならない。

なぜなら今住んでいる鉄筋コンクリートのがっちりしたマンションと違って僕の実家は安普請の古〜い建売住宅である。老朽化は家のあちこちに明らかで,はっきり言って強度的にかなり不安。

マニアの人が古雑誌をため込んだためにアパートの二階が落ちたという事件があったけど他人事ではない。運び込んだ荷物の再配置や収納については重量配分をなるべく偏らないようにしなければニュースのネタになってしまうかもしれない。そうなったら友人たちが腹を抱えて笑うだろうが,リフォームでもしない限りボロ家が今より頑丈になることはないのだ。頭の痛い話である。

ノルマはきつい

実情を少し告白すると,趣味に殉じた偏ったライフスタイルのせいでわが家の日用品や生活用品は僅少である。引越しの際も段ボール数個で済むくらいだ。そのかわりその他の趣味のブツに関しては段ボールが数百個は必要になる。前々回の引越しの時には段ボールすべてサービスのコースであったにもかかわらず段ボールが多すぎて追加料金を取られてしまった。

今回は自分で荷造りするので圧縮してなるべく箱を減らしたいと思っている。とりあえず300個くらいに収めるつもりでこれから箱詰めにかかるところ。毎日20個が最低ノルマだ。向こうで物置に眠らせるもの,ちゃんと部屋に並べるものと分類しながらなのでけっこう手間がかかると思う。

普通に部屋の模様替えをするときも本棚をいじり出すとつい「こんなのもあったか」と見入ったりしてやたら時間がかかる。同様に今回ものんびりしてはいられない,でも他人には触らせたくないというアンビバレントな作業になるだろう。

そこをなんとかクリアして十年に一度の大事業を貫徹したいと思っているんだけど,この数年,万事のんびりと過ごしてきたので今の僕ははっきり言ってグズでノロマである。タイムリミットまでにどこまでやり遂げられるかいたって不安だが,その顛末についてはいずれここでもご報告しよう。