逆吹替えの味わいは

どちらがお好み?

最近DVDもリリースされた宮崎駿監督の「ハウルの動く城」だけど,公開前にかなり話題になっていたのがそのキャストの顔ぶれだ。キムタクのハウルに倍賞ソフィーをどう思うかということについては公開後もずいぶん物議をかもしていたと思う。

実際に劇場で見た時の印象ではキムタクはばっちりのはまり役,倍賞さんは微妙というのが僕の感想だけどこれはきっと緒論あるだろう。専門の声優さんをメインでは起用しないジブリのスタイルについてはやはり賛否あるけれどもこの作品は特にそのラインが微妙だったなと感じる。

「となりのトトロ」でのお父さん役や「耳をすませば」のやはりお父さん役はどちらも素人さんだったけどそれなりに味があったことは事実。少なくともキャスティングでは上手下手だけが問題じゃないことは確かだ。あとは大部分の観客にとって違和感の有る無しってことだろうけど,そこでふと感じたのが海外版での吹替えの出来。

日本語しかわからない僕のような観客に海外版のシナリオの水準をあれこれ論評することなどできない。だけど,実際に聞いてみるとはっきりと「これはオーケー」「これはちょっと……」という印象の差がある。言葉がわからないのにだ。もっと率直に言えば英語版とフランス語版の違いが歴然としていることをあらためて感じる。

何度聞いてもフランス語版の方が上出来だと感じるのである。

こだわり何故に?

以前「紅の豚」のDVDを買った時にも感じたんだけど今回の「ハウル」でもやっぱりフランス語版の方が英語版より上手いと思う。いや,上手いという表現は語弊があるかな。しっくりくると書いたのは「なじんでいる」という意味だと思っていただきたい。英語版はキャラクターとは別に声を出している人がいるという感じだが,フランス語版ではちゃんとキャラクターがしゃべっていると感じる。

なじんでいると感じたのはそのキャラと声がマッチしている感じのことで,これは優秀な声優さん文化を持つこの国の観客には,少なくともアニメに関しては身に覚えのある感覚だと思う。いくら上手な俳優さんが演じていてもこの溶込み感が薄いと後ろでしゃべっている誰それの姿が透けて見えて嫌なのだ。

だから言葉がわからなくても,シナリオの翻訳の出来不出来がわからなくても,聞いていてすぐに違和感の有る無しには気が付いてしまう。

英語版やフランス語版の吹替えのディレクターがどんな感性の持ち主かは知らないけど,2Dのセルアニメに慣れた日本人の僕には声質,しゃべり方,抑揚などフランス語版の方に自分になじみのある味を感じるのだ。

英語版の主人公ハウルの声は最初のソフィーとの出会いのシーンだけで「あ,これ違う」と感じた。あれはもっと首の太いアメリカン・ヒーローの声だよ,臆病な繊細さを秘めた若者の声じゃない。少なくともキムタクで正解と感じた僕の琴線には触れてこない。

他の登場人物もフランス語版だとなるほどこのキャラならこの声,このしゃべりでオッケーと納得できる。言葉がわからない以上,演技の巧拙をどうこう言うことはできないが,それでもはっきりと感じるのは声の調子から受けるキャラクターの個性,感情,表情といったあいまいな,でもいちばん感情移入に必要な部分だ。

フランス語版はそのあたりの声の色合いみたいなものから受ける印象が自然で,見ていて気持ちがいい。

原点は何処に?

たとえば映画ファンが吹替えではなくオリジナル音声にこだわるのは俳優さん本来の声で見たい・聞きたいという欲求があるからだ。これは誰にでも納得できる。でも考えてみるとアニメの場合は生身の役者,すなわちオリジナルの声を持っている誰かが演じているわけではない。

つまり日本製だから最初に声を入れた日本の誰かがオリジナルということになるけれど,キャラクター自体は自分の声を持っていないのだから本来,日本語版も英語版もフランス語版も対等な立場にあると言っていい。少なくともキャストについてはそのはずだ。だから言葉の違いはあるけれどイメージとしてはキムタクのハウル,フランス語版のソフィー,神木くんのマルクル,ローレン・バコール(英語版)の荒地の魔女という組合せで「これがオレ様にとってはベストのキャスティングじゃ」なんて言いたい人もいるんじゃないかな。

実際,もうストーリーはよくわかってるんだからそういう音声の組合せで視聴できる仕組みがあると面白いのになと思ったりする。言語はバラバラでも意外と楽しめるんじゃないかなと夢想してみるんだけどどうだろう?

また,オリジナルといえば海外版のキャスティングの時に日本語版の声に似た人を集めるかどうかは制作側の意向次第だけど,今回のフランス語版はかなり日本語版に近かったと思う。

カルシファーなんて時々我修院氏がフランス語話してるんじゃないかと思うくらい本家とそっくりに聞こえる瞬間があるし,マルクルも神木くんのと違和感なくつながる。確かにこのキャラならこの声でしょうというキャスティングだった。言わせてもらえばソフィーはフランス語版をオリジナルと思いたいくらい。倍賞さんを推した本家スタッフの意向は尊重するけれども僕の本音はそんなところにある。

サンプルがあまりに少なくて確かなことは言えないけど,アニメの吹替えに関してはフランス人あっぱれなりと言っておきたい。