蜜月は儚し

とりあえずおめでとうと言っておこう

このサイトはどうも昔話が多いなあ,とは自分でも思っているのだが,なにしろやってるのがとうに人生折り返しに入った中年男なのでご容赦いただきたい。

本日のお題はBSである。これを書いているのは2000年12月2日,昨日からついにBSデジタル放送が始まった。NHKが空前のキャンペーンで宣伝していたアレだ。僕も一応こういうページを立てているからには興味津々で,シドニーオリンピックを機に思い切って導入した。おかげで当分は耐乏生活である。

本放送は鳴り物入りでスタートしたばかりだが,けっこうトラブルが続出している。局やメーカーにはおおいに言いたいこともあるのだが,ここでそれをやっても読む人のお目汚しになるだけなのでひとまず控えることにして,今回は「試験放送」の思い出についてちょっと書いてみたい。

あれだけ大々的に宣伝しているので本番スタートが注目されるのは当然だが,実はそれ以前の試験放送,実験放送の段階というのがささやかな楽園という感じで僕は気に入っていたのである。

それはかつてのアナログBS開局前夜でも同様だった。

衛星放送のころ

今じゃBSやCSという言葉も一般的になったが,かつては「衛星放送」という呼び方の方が普通で,パラボラを立てているとちょっぴり優越感があったものだ。受信料の集金人がパラボラ探知機を使っているとかいないとか面白い話がいろいろあったものである。

衛星放送という言葉はまだ死語ではないが,なんだかだいぶ遠くなったなという感じがする。今ひとつ記憶が定かでないが本放送がスタートして10年くらいだろうか?

僕は昔もやはり新しい物好きで「衛星放送というものがあってこれがなかなか面白そうだ」ということを知るとガマンできずに導入してしまった。まだ試験放送のころだがこれがまことにこじんまりとした,でも当時としてはハイクオリティな世界で居心地がよかったのである。

本放送ではないから地上波のめまぐるしさとはあまり関係なく,それはもうひっそりとしたものだった。だがわずかなユーザーの間では高画質・高音質な番組を独り占めできたある意味至福の時代だったのだ。

そこにはなんだか自分たちだけで楽しいことをやっているような感覚があり,また番組の方も下界(地上波だね)とは違って融通のきく,NHKらしからぬ一面があって面白かった。

イメージソングは誰でしょう

当時の試験放送ではBS独自の番組はまだ少なかったのだが,それでも季節ごとに,あるいは折を見て編成される特別番組週間みたいなものがあって,その期間は下界とは全く違うぜいたくを体験できた。

なにぶんタイムテーブルがアバウトなので番組表でも「何時から」ではなく「何時ころ」と記載されていたものだ。ビデオを回している人にはたいへんだったろうが,この時期はコンサートなど本当に完全中継であり,とにかくいつ終わるかわかんないけど最後まで中継する,という今じゃ夢のような編成だった。

後の番組がいくらおしても一般観客?の少ない衛星の,しかも試験放送ではあまりクレームはなかったのではないかな。それに司会者が自分の番組を実に楽しそうに私物化?しているような趣きもあってこれがまた心地よかった。西森マリーさん,好きだったな〜。

この当時エアチェックしたテープは先日かなり思い切って処分してしまったが,地上波ではまずお目にかかれない海外の貴重な番組がごろごろしていた。あの「ダーク・クリスタル」や「ロボコップ」のメイキングなんてDVD時代をはるかに先取りした企画だったし,ジュリー・アンドリュースのTVショーや数々の音楽プログラムなど実に魅力的だった。

いまだにビデオ化されていないものもあって,これは先行投資をした者だけの密かな特権だったわけだ。エアチェックに熱が入ったものである。

今じゃ人気のモーニング娘。がBSデジタルのイメージソングを歌ったりしているが,当時衛星放送のイメージソングを歌っていたのはアイドル時代の早見優だった。そのメロディはCNNのニュースが始まるときなどにも流れていたが,彼女自身が歌っている姿は一度だけしか目撃したことはない。なかなか軽快でいい曲だったんだよ。

蜜月は儚し

そういったある意味いいかげんというか自由で楽しくやってたというのが試験放送時代の印象で,僕はこれをとても愛していた。だから本放送になって厳格なタイムテーブルに縛られ気ままな番組進行も許されなくなった「BS」にはちょっとさびしい思いをしたものだ。

ライブの終わりで「まだいいですか?まだ続けていいですか」と言ってそのまま放送を延長してしまうあの楽しさはもう帰ってこない。うちわで楽しくやっていたパーティーは終わったのである。僕にとって本放送のスタートというのはそういうものだったのだ。言ってみればAVライフの青春期みたいなものか。

試験放送蜜月時代はこうして儚く過ぎ去ったのである。

あれから何年になるだろう。今年2000年はそのBSがデジタル放送になるということで,ふたたび試験放送が始まった。かつてのアナログBSのそれに比べるとあまりにも短く,あまりにも小さな世界だったが,画面隅の目ざわりな局ロゴもなくCMもない,それでいてハイビジョンのクオリティ,しかも録画フリー。

本放送ではすべてがこれと正反対なのだ。確かに権利と規制がせめぎ合う中ではこれしかないのだろう。それはわかる。わかるが……ちょっとぜいたくで自由な放送の小世界があったことを知るだけに複雑な気分である。

残念ながら試験放送のひそやかな悦楽はもう二度とやってこない。エアチェックを楽しむ人間にとってはもっともっと続いてほしかった。ずっと試験放送のままでもよかった。そんなわがままのひとつも言ってみたくなる今日このごろなのである。