ミアとロマンの世界

定番に飽きたら

最近はDVDの普及のおかげでメイキングなどの特典映像も一般的になった。LD時代だと高価なボックスものでも買わない限りお目にかかれなかった"お宝映像"の類が今やてんこ盛りでついてくる。もちろん,ありがたいことだと思っているが,中にはちょっぴり悔しいような複雑な気分の人もいるかもしれない。それらはかつてコレクターだけの宝物,そして密かな自慢のタネだったからだ。

初めてDVDを買う初心者が,この道に膨大な手間と資金と情熱を注ぎ込んできたアナタと同じものを入手できる時代になったのである。まあ,特権階級?の独占物が時とともに大衆に解放されてしまうのは世の常だ。コレクター諸君もひととき王様気分を味わえたことをもってよしとしよう。

しかし特典映像,サプルメントの類も当たり前のようになるとだんだんワンパターンが鼻についてくる。

出演者のインタビューやスタッフのコメントは型どおりだし,SFXやCGの製作風景は他の映画のそれと差し替えても大差ないほど似たり寄ったり……はっきり言って飽きてしまう。メイキング班の仕事もノウハウがたまって効率よくなったのだろうが,みんな同じような作りでは美味しくない。たまには違うものを見せてほしい。そんな気分に心当たりはないかな?

Mia and Roman

サプルメント映像に個性を求めるとすれば,やはり製作のノウハウがパターン化される以前の作品が狙い目だ。僕が最近見たものの中では「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)に収録されていたメイキングが印象的だった。

本編の方はホラー映画の古典的名作のひとつなのでご覧になった方も多いと思うが,出演者の演技力で見せるたいへん充実したドラマである。そもそもミア・ファロー主演,ロマン・ポランスキー監督とくればそれだけで異端の香りが濃厚だ。むろん,それはその後のふたりのキャリアやエピソードをいろいろ踏まえた2003年の今だからそう感じるのかもしれないが,少なくとも健康的というイメージでないことだけは確かだ。

さて,そのメイキングだが,もちろん Making of Rosemary's Baby なんて通り一遍の代物ではない。タイトルはズバリ「Mia and Roman」である。いやあ,ミア&ロマンだよ,もう僕はこのタイトルだけですべて納得できたって気がしたくらいだ。なんだか象徴的じゃないか,あのふたりのイメージからするとね。

実際,これはメイキングというより「ローズマリーの赤ちゃん」撮影時をメインにした女優ミア・ファローと映画監督ロマン・ポランスキーのドキュメンタリーという作りのフィルムなのだ。あるいはふたりのプロモーション・フィルムといってもいい。

ビデオ撮りの現在と違ってフィルム撮影なので,それだけでも時代の雰囲気が伝わってくる気がするのだが,何しろ主役があのふたりである。しかもそのふたりのモノローグで進行するのだ。ミアのエキセントリックなキャラクターとポランスキーの若き(68年だ)異才のイメージがどろどろと吹きこぼれてきそうな"作品"である。そう,これはもう一個の独立した短編なのだ。

内なる伝説をふりかえる

正直に言うと,僕はこれだけ長時間動いている……生きてしゃべっているロマン・ポランスキーを見るのは初めてである。それほど熱心なファンではなかったので,雑誌で拾い読みする記事などから作り上げたイメージしか持っていなかったのだ。

で,スキャンダラスなエピソードをしこたま抱えた異端の才人,そんなイメージが覆ったかというとそうでもなくて,才気があふれすぎて変なところへ行っちゃうかもしれないという危ない感じはやはりつきまとっている。またそんな気分を確認できるタッチで仕上がっているんだな,この「Mia and Roman」というのは。

固定観念もずいぶんあったと思うが,このDVDのメイキングやインタビューで伝説の一端をようやく現実の映像として見たという気がしている。そうかあ,ポランスキーってこんな顔してたのか……などと言っては大げさだが,僕にはそのくらい霧の向こうの謎の人物という印象があったんだね。

ミア・ファローにしても映画本編以外の彼女の映像やコメントをこれだけまとめて見たのは初めてなので,やけに新鮮だった。目の表情のきつい暗めのキャラクターという印象だけは昔から強く感じていたのだが,その割に遠い存在だったのだ。フェンシングやボクシングのまねごとではしゃぐミア,楽屋の壁にペイントするミア,いかにもヒッピー時代を思わせるコメント等々。ううん,やっぱり新鮮。

そしてレーシングカーを乗り回すポランスキー,プールで泳ぐポランスキー……アイドルスターではないよ,映画監督である。他のどんな監督がやっても笑ってしまうだろうが,ロマン・ポランスキーというキャラクターだと納得できてしまうから不思議だ。

**********

とにかく今どきのメイキングではまずお目にかかれない制作者の感性が噴出している一本である。そもそもメイキングとは目的が違うのかもしれないけどね。月並みな特典映像に食傷気味の方にはおすすめしておこう。