メイキングで見るMGMの青春時代

長けりゃいいってもんじゃないんだ

MGMミュージカルの代表作「雨に唄えば」はこのページでも何度か取り上げたことのある名作中の名作だ。ザッツ・エンタテインメント時代の象徴的タイトルでもある。もちろん文句のつけようがない傑作であっておよそ映画好きなら手元に一枚ない方がおかしいくらいだ。

そもそも何を語るにもレベルというものが厳然とあって,この作品などは映画についてどうこう言う資格のあるなしを計る共通言語のひとつだろうと思う。逆に言えばこれを面白いと思えない人は(当然そういう人もいるだろうが)僕にとってはもう意志疎通不可能な異星人と同じで,コミュニケーションの努力をするだけムダだと思っている。

そんな言い草は傲慢もいいところだけど,つまりそのくらい僕にとっては名作ってことだ。この気持ちはたぶんこの先も不変だと信じたい。

ところで,LD時代から何度も買い替えてきたこの作品,何年か前に50周年記念のDVDが出ている。オマケ映像も充実していて全映画好き必携の1作なのだが,そういえばこのサプルメントについては何もコメントしてなかったことを思い出した。近作映画のサプルメントがどうもワンパターンで飽き飽きしていたこともあり,久しぶりに引っぱり出してみたのだが,いやーやっぱり面白いよ,これ。

サプルメントの快感というのは量ではないんだ。それはもうはっきりしている。大事なのは「ほお,そんな事情だったのか」とか「あ,今のスチルはなんかいい雰囲気だわ」とか「みんな楽しそうに仕事してるな」といった様々な感慨を呼び起こすような映像なりコメントなりに一瞬でも遭遇できるか,それに尽きると思う。よく練られたドキュメンタリーやメイキングにはそれがある。

久々に見た「雨に唄えば」のサプルメントにはそういった気分が充満していてとても楽しかった。なにかこう羨ましいような気持ちになるんだよ。自分もこの現場にいたかったなーという思いがふつふつとわいてくる。そんな感じかな。

NHKも一枚かんでいるのだ

最初のドキュメンタリー「Musical Great Musicals」はMGMミュージカルの大立者アーサー・フリードの半生を数々の証言やフィルムで綴ったものだ。特に「雨に唄えば」に限ったものではないけどとても興味深い。

これ,見ているうちにどこかで一度見たような……という思いがして「もしや」とビデオラックの中を捜索するとやっぱりあった。かつてBSで「アーサー・フリードと仲間たち」というタイトルでオンエアされたものと同じだったのだ。クレジットの共同製作者にBBCなどと並んでNHKの名があるのでおやっと思ったのも道理,国際共同企画だったんだねえ。

それは僕がまだ頑固なベータユーザーだった時代に録画したもので,後にデジタルメディアに移し換えて今まで保管していたんだけど,実は今でもこれは捨てるわけにはいかない。NHK版はDVD版と違って完全な日本語バージョンでたいへんわかりやすいのだ。しかも吹替えには僕にとっての歴代声優さんナンバー1の武藤礼子さんも参加している。彼女の声が入っているのに捨てるなんてとんでもないよ。

第一,吹替えは字幕より圧倒的に情報量が多いのだ。ドキュメンタリーでは何よりのメリットである。これはこれで大事にするのが正解だろう。

しかし,久しぶりに見るとこの時代のハリウッドはつくづく夢の工場だったんだなあと実感する。一枚一枚のスチルや,今はもう年老いた当時のスタッフのコメントのひと言ひと言が青春時代を語るように響いてくるのだ。何度も言うけど本当にこの時代にここで働けたらどんなに楽しかっただろうなと,そんな気分になるんだね。

意外と知らなかった舞台裏

「雨に唄えば」は繰り返し見たので本編についてはよくわかっているつもりだったけど,実はメイキング関係を見るのはこのDVDを買った時が初めてだった。LD時代には本編のみのものを買っていたので予告編以外のサプルメントを見たのは21世紀になってから。ファンを名乗るにはいささか怠慢に過ぎたかもしれない。

それはともかく「What a Glorious Feeling」と題された第2のドキュメンタリーが「雨に唄えば」のメイキングである。

オーソドックスな作りでそれ自体は取り立ててどうというものではないんだけど,それまでこの映画の舞台裏についてはろくに知ろうともしなかったのでとても新鮮だった。50年以上前のことなのであまりバックステージのフィルムは残っていないようだけど,僕にはたくさん挿入されたスチルの数々だけでもありがたかった。

スチル写真,あるいはスナップといった方がいいのかな,そこには当時の現場の雰囲気みたいなものが色濃く映し出されていてなまじっかのインタビュー映像よりずっとエモーショナルだ。いいとこ写してるなーと思う写真がいろいろあって,一流の仕事人や大スターってのは一般人とは写真写りが違うってことがよぉく実感できる。美男美女に写るというのではなくて「あ,この人たちは特別」という雰囲気がさりげないスナップからでも伝わってくるのだ。みなが男の顔であり女の顔であるというかね。

それから意外と僕のコレクター魂にピピッと来たのが仕事上の様々な書類の映像だ。それはスケジュール表であったりキャスティング表であったりシナリオであったりするんだけど,そこに記されている文字のすべてが,好きな作品のあらゆる裏事情を知りたいというマニア心を刺激するのだ。

例えば,ちらっと映ったこの映画の予算表で最初の総予算が計1,880,090ドルであったことがわかるけど,こうした数字ひとつがファンの雑学収集癖をくすぐるのである。少なくとも僕はこれで知ったかぶりのタネがひとつ増えたぞ。

タバコの煙の真相を知る

この映画には主役3人の他にもうひとりとても印象的なキャラクターがいる。途中のレビューシーンに登場するシド・チャリシーだ。あのタバコの煙を鼻からぷはーっと吹き出して登場する妖艶な女性ダンサーである。僕は最初見た時からこの人の印象が強烈でとっても忘れがたい存在なのだ。特にこのタバコのインパクトがすごくてねえ。

メイキングでは本人がこのシーンのことを話していて「おおーそうだったのか」とすっかりうれしくなってしまった。彼女はタバコは吸わない人でこの時だけはずいぶん練習したそうだが,なんだか信じがたいね。実際のシーンを知ってる人なら同意していただけると思うが,生まれた時からニコチンと付き合ってるような風情だったよねえ,あの美女。

ちなみにこの人ほど日本語表記が不統一な女優さんは珍しくてチャリッシ,チャリシイ,チャリスとバラバラだ。ミュージカルではあれだけ有名な人なのにどうしてこんなことになったんだろう。カタカナ人名については業界統一規格が欲しいところだ。

それから,僕はこの映画のサントラは持ってないんだけど,サプルメントの中にステージ・セッションというのがあってこれがまたうれしい企画だった。

ひらたく言えば作中の歌の部分のレコーディング時の音声である。だから実際に使われたのとは別のテイクもあるし,歌い出す前の指示の声や「ゴホン」と喉を鳴らす音,演奏が終わった直後のがやがやというざわめきなども聞ける。

ファンとしてはこういうのがうれしいんだよね。以前「オズの魔法使」のサプルメントでも同様の企画があって,歌い始めたジュディ・ガーランドがけほけほと咳き込んでNGになるところまで収録されていた。こういう瞬間を体験できるってのがサプルメントマニアの醍醐味なんだけど,この気持ちわかっていただけるだろうか。

「雨に唄えば」は半世紀も前の映画ではあるけど,こうして今も本編で,ドキュメンタリーで,秘蔵音声で,いつ振り返っても楽しませてくれる。懐かしさだけではないその息の長さがうれしくもあり頼もしいと思う。