PR用短編によき時代を見る

メイキング+アルファ

今でこそ映画にメイキングは付き物だし,メイキングビデオ自体が商売になる時代だ。「もののけ姫」や「12モンキーズ」といった力作メイキングも多い。LDのスペシャル・コレクションなどにはメイキング映像がてんこ盛りだ。コレクターにとって,あるいはこだわりのファンにとってはいい時代になったものである。

ところで,最近の事情は知らないが昔の有名作品では「PR用短編」というものが作られることがあった。今風に言えばプロモーション・フィルムに近いかもしれないが,単なる販売促進用映像ではなくまたメイキングフィルムとも微妙にニュアンスが違う。映画本編に対するちょっとぜいたくな副産物とでも言おうか。サプルメント・マニアには見逃せない素材である。

ここでも宿命の対決

このホームページでも何度か取り上げた「マイフェアレディ」と「サウンド・オブ・ミュージック」はミュージカル映画のビッグ・タイトルだが,なにかと比較されることの多い作品である。いろんな因縁があって僕などはこの2作を勝手に宿命のライバルと呼んでいるのだが,両者のスペシャル・コレクションLDもまた甲乙つけがたい内容だ。しかもともにサプルメントとして「PR用短編」が収録されているのである。これはやはり見比べてみたいところだ。

「ザルツブルグ:見たり聞いたり」(SALZBURG:SIGHT AND SOUND)は「サウンド・オブ・ミュージック」のPR用短編である。むろんメイキングも兼ねているのだが,今どきのプロモーションやメイキング用素材よりはるかに映画的に作られており,独立した小品としての体裁を持っている。

トラップ・ファミリーの長女役シャーミアン・カーの案内によるザルツブルグ案内であり,ロケ現場の紹介であり,そして制作側にその意図があったかどうかはともかく,彼女自身のプロモーションにもなっているという内容だ。映画本編でおなじみのメロディに乗ってメインタイトルがさりげなくかぶさるオープニングは,メイキングというより映画そのものである。

時代のせいもあるが,ビデオではなくフィルムで撮影されているので安っぽさがない。やはりフィルムの質感というのは映画の絶対的な強みである。加えて脚本・演出・音楽・その他諸々,小品ながらも1本の映画を構成する要素がきちんと存在している。とてもぜいたくなフィルムなのだ。

もちろんメイキングでもあるので映画本編撮影中の様子も収められているが,それすらもこのPR用短編のために演出されているかのような撮り方であり,ザルツブルグの街並み案内の部分と同じトーンなのである。演出プランをよく練った上で制作されたことが伝わってくる作りがうれしい。ファンなら是非とも本編とともに手元に置きたいところだ。

さてライバルの方は

では「マイフェアレディ」のPR用短編はどうか。こちらは「The Fairest Fair Lady」というフィルムだが,演出は「ザルツブルグ…」とは全く違う。メイキング色がずっと濃厚ではあるのだが,撮影現場をメイキングとは違う面から取材したような作りである。こちらはひたすら本編の豪華絢爛ぶりをPRする作戦で,特にゴージャスな衣装に的を絞って撮影の大がかりな点を強調している。

ここではオードリー・ヘプバーンも背景の一部であり,緻密で膨大なセットと衣装(特に帽子!),メーキャップや大勢のエキストラのマネジメント,そして他ではちょっと見られないこの作品ならではのスタジオ風景などが主役である。

したがって1本のフィルムとしては「ザルツブルグ…」の方が完成度は上なのだが,惜しみない物量の力というのはバカにできない。この「The Fairest Fair Lady」のデラックスなPRぶりは,ぜいたくこの上ない映画の夢というものをしっかりと伝えてくれるのである。これもまたあっぱれな行き方であろう。

このフィルムを見ているとかつてのハリウッドの底力を思い知らされる。同時にこういった大作が現在では現れにくくなったのも当然だという気がする。物量と人材を湯水のごとくつぎ込める環境はさすがのハリウッドでも過去のものではないのか。制作費の天井知らずのインフレぶりを思うとなおさらだ。このフィルムに描かれているのは,2度と再来しない黄金時代の光景であるということが誰にでも納得できるはずである。それくらい豪華な撮影風景なのだ。

ちょっと切ないのは

どちらのPR用短編も一見以上の価値があるが,これらを見ていてふと感じるのは今とは違う世界の雰囲気である。60年代。世界は確かにいろいろ厄介な問題も抱えていたが,この短いフィルムには少なくとも未来に対する閉塞感のようなものはさらさらない。

まだまだ世界は広く,いろいろな可能性があり,楽しいことや面白いことがたくさん待ち受けている。そういったオプティミズムが十分に感じられる空気のようなものがこれらのフィルムには満ちている。当時の僕はまだ子供だったが,大人としてこの時代を楽しんだ世代がちょっとうらやましいと思う。本音である。

サプルメント映像の感想からはちょっと遠くなってしまった。