もののけ姫の超大作メイキングを見る

もののけ姫が家に来る

遂にリリースされた「もののけ姫」のLD。ビデオカセットの方も同時発売だが,発売日のお店の担当者の話を立ち聞きしていると(何やってんだか)さすがに尋常ならざる売れ行きらしい。路上販売までやってたし,値引きもあってビデオリリースの新記録も確実だろう。昔は数万本で大ヒットだったんたが,今ではその100倍も売ろうというのだからでかいマーケットになったものである。

もちろん,ご承知のとおりこの作品は何度見ても新たな発見がある,非常に奥の深い作品だ。ビデオで繰り返し視聴するだけの値打ちはある。肯定派も否定派もとにかく隅から隅までこの凶暴な作品世界を見届けてからコメントしよう。話のタネは満載である。

メイキングビデオも家に来る

しかし今回,僕が本編以上に楽しみにしていたのは同時発売のメイキングビデオ「もののけ姫はこうして生まれた」の方である。これが尋常ではない。記録ずくめのこの映画にふさわしく,このメイキングビデオもとんでもない超大作なのである。全3巻セットで計6時間40分などというメイキングが今までにあっただろうか?ジブリ作品史上空前の超大作である本編の3倍もの長さである。これがまた商品として成立してしまうところが「もののけ姫」という映画のパワーであろうか。

しかもかき集めた素材を垂れ流すだけの安易な作りではなく,きちんとコンセプトに従って編集してなおこの長さである。裏方好きなマニアも黙らせるボリュームで僕などはもうしっかりと堪能させてもらった。満腹満腹。

基本的に映画は本編がすべてであって,メイキングその他のオマケ情報をいくら仕入れたところで本編の価値が変わるものではない。しかしさすがにこれだけ製作に密着したルポを見せられるといろんな感慨が生まれてくる。こんな風に制作側の事情を知って映画を見ることの是非は僕には何とも言えないが,スタッフの苦労を見てしまうと妙に肩入れしたくなってしまうのは否定できない。本編は本編として,メイキングはメイキングとして割り切って楽しみたいところだ。

宮崎駿の後に宮崎駿なし

宮崎駿という人はキャラクターとしてもかなり世間に露出しているので,ファンでなくともある程度のイメージをお持ちかもしれないが,この長大なメイキングの中でもあのとおりの人である。いやーいいかげんな表現だな。でもそうとしか言いようがない。

メイキング中では本編に関わった数多くのスタッフが登場するのだが,これがみなずいぶんおとなしくて全然パワーが感じられない。ひ弱でコミュニケーションが下手で覇気に欠け自分の与えられた仕事の中にだけつかの間閉じこもっているというイメージだ。たぶんそれは根拠のない偏見であって,宮崎監督の迫力が段違いであるゆえの錯覚であろうと思う。

しかし,宮崎監督のいらだちも見ていて納得できる。このビデオに現れてないだけで実際にはもっと激しい衝突があるのかもしれないが,とにかく若手スタッフから野心や気力といったオーラは全然感じられない。要するにジブリではなにをやっても宮崎駿が一番できてしまうというところが問題なのだ。少なくともこのビデオを見る限りそう。

ロートルは引っ込んでろ,これからのジブリアニメはオレ様が引っ張っていってやる,なんて言いそうな若手は1人もいないようである。宮崎監督が危機感を抱くのも当然だ。

ギョーカイの人々も登場するが

ところで,これほどの大作映画となれば宣伝や興業にも強力なスタッフが要求される。このビデオの中でもそういった「売る」側の人々が数多く登場する。いわゆる業界の人々ね。今どきの苦労したがらず,かつ華やかな暮らしはしたいというわがままな連中がもっともなりたがる職種の人たちである。

このビデオにはそういった最先端(と自認しているであろう)の業界人がいかにしてこの映画の宣伝活動に携わったかが描かれているのだが,正直言って彼らのセンスには笑ってしまった。自分の知識や教養,業界の最前線で働いているという自負,そういったものが自分をえらそうに武装することにのみ使われてしまっている。固いのである。自分のものさしが絶対不可侵の基準だと言いたい気持ちがありありと顔に出ている。

これじゃあ鈴木プロデューサーがムキになるわけである。自分が売ろうとする作品にワクワクドキドキしない人間に観客の気持ちがつかめるわけがない。早い話が新作映画に素朴な期待感や待ち遠しさを感じられそうにない顔ばかりなのである。

宮崎駿の新作だぞ,目を輝かせて宣伝のアイデアをまくし立てるようなスタッフはいないのか?

惑わされてはいけないのじゃ

何しろ6時間40分である。オーソドックスなメイキング部分も充実していてアフレコの様子や作画スタッフの苦闘,音楽のエピソードからスタジオの様々なひとコマまでが丹念に収録されている。本編や関連書籍でも気がつかなかった点で「なるほどー」と感心させられることも多かった。しかしこれはやはりあくまでサプルメントの世界だ。この映画は実に奥深い作品だが,それでも本編の印象にメイキングのそれを加えてしまってはフェアではない。

たとえばアフレコの声優陣。僕にはサンはじめ俳優さんを多用したキャスティングには今ひとつ乗れないのだが,このビデオで彼らの奮闘を見てしまうとなんとなく情が移ってしまう。無事収録が済んでよかったねーなどと感情移入してしまうのだが,本編を見るとやはりサンは下手だと思うし,田中裕子も榊原良子には及ばないと感じる。この正直な感想こそ本物だろう。

メイキングはメイキング。楽しみ方は本編とは別にある。その単純な理屈が揺らいでしまうのがこの超大作メイキングビデオの尋常ならざるところである。

でも英題のプリンセス・モノノケってのはやめてほしいなあ。