悪漢的奇才監督之懊悩

君は見たかい12匹の猿

なにかにつけ「あの」という冠がつくテリー・ギリアム監督。「12モンキーズ」は今まで数々の伝説を生み出してきた彼の近作だが,我が国でも大ヒットした。一般観客にとって必ずしもわかりやすい話とは言い難い作品だったけど客は来た。大スターの起用もあるけど巧みな宣伝がうまくいった好例だと思う。

個人的にも面白かったんだけどストーリーの方はもう断片的にしかおぼえていない。いくつかのシーンだけがやけに鮮やかに記憶に残っているが,タイムトラベルものはよほどすっきり作らないと意識の流れを妨げる。支持するか否かと問われればもちろん支持派ではあるけど,ただ,あの題材なら星野之宣のコミックの方が情感豊かに描いてしまうかもしれないなあ。

なにはともあれメイキング

それはともかく,僕が本編以上に印象に残っているのが本編と同時にリリースされたメイキングのLD「メイキング・オブ・12モンキーズ」である。

この原題「THE HAMSTER FACTOR - AND OTHER TALES OF TWELVE MONKEYS」というビデオは数あるメイキングの中でも傑出した1本ではないかと思う。とにかく見応えがあるのだ。

メイキングのスタンスにもいろいろあるが,ここまで正攻法で密度の高いものは少ない。ありきたりな撮影風景と関係者インタビューでお茶をにごしているそのへんのメイキングとはわけが違う。さすがに独立したタイトルとしてリリースされただけのことはある労作だ。

何がすばらしいと言って,あの見るからに悪漢面のギリアム監督がみごとなくらい生々しいキャラクターぶりをさらけ出しているのである。これは面白かった。めったに見られるものではないぞ。普通ならもっと見栄が出てしまうのではないかな。しかしこのビデオで拝見できるそれは,悩みや不安を抱えて身を削りながらもふてぶてしい傲慢さや皮肉たっぷりの言動を捨てない,実に人間的な矛盾に満ちた"顔"である。

ううん,いいよなあこれ。

あの街の批評家は厳しいからリサーチ代わりの試写会は他のところでやろう,なんてシーンがあるのだが,その気弱さがかわいい。おいおい!天下のテリー・ギリアムがそんな弱気でどうするんだ?とイメージが狂うこと請け合いである。それでいて辛辣な批評には憤慨して凶暴な顔になるわけだ。なんて正直な反応だろうね。当たり障りのないコメントを並べるだけで無内容なメイキングを見慣れた目には実に新鮮だ。

徐々に本音がわき上がる

彼を見ていてふと考えさせられるのは批評家/評論家の存在価値である。「いろいろきついことも言ったが,これも誰それの才能に期待しているからである」などというコメントがよくあるけど,その"誰それ"がホントにそれで奮起するかというと,僕にはずっと疑問だった。言われる側はけっしてそんな風には感じないと思うけどなあ。

まして,このメイキングから受けるテリー・ギリアムその人の印象は,いかに矛盾に満ちていようとどん欲に賛辞を求め,自らを鼓舞し,傷つきやすいが人並み外れた仕事をなしとげる……こんな感じだ。そのような人物の創作意欲を奔騰させようと思ったら,相手の肩をグワシっと抱いて巨人の星のような涙を流し「うおおおー,オレは今猛烈に感動しているっ!」と叫ぶがごとく賛辞を捧げることである。

批評は謙虚に受け止め次回作への励みとする,なんてことを本気で言ってる創作者はまず大成しない。そう思う。一流の創作者は我が強く,感情的でエネルギーに満ち,そして型にはまらない。お行儀のよい精神から多くの人を感動させる力など生まれるものか,というのが僕の正直な感想だ。

本編以上におすすめの1枚である。