キャンペーンのひとコマに注目!

宣伝も大切だ

映画が完成すると,いや音楽や舞台だって同様だが,ヒットしてほしいのは当然だから宣伝活動も手が抜けない。そこでいろんなキャンペーンの戦略が検討されるわけだ。しかし,今ではたいていのことはやり尽くされているから独創的な手法にお目にかかることは少なくなった。

映画だと各地の試写会とテレビ・ラジオへの出演,アイドルの写真集ならサイン会や握手会,歌手ならインストアのミニライブやFMでのおしゃべりといったところだろうか。あとこれに都心でのゲリラ的なイベントが加わるくらいかな。

予算の都合もあるだろうから,よほどの大物でもない限りそうそう派手なことはできないと思うが,たまに面白いアイデアを見かけると何となく楽しい。へえ,考えてるじゃないの,ってね。

DVDやLDのオマケ映像の中にも,メイキングなどに混じってたまに公開当時のキャンペーンの模様を収めたものがある。ニュースのひとコマであったり宣伝用の短編フィルムであったりするのだが,これがけっこう面白いのである。思わぬシーンに遭遇したり当時のキャンペーンの雰囲気がかいま見えてなかなか興味深いものがあるのだ。

映像コレクションとしてはおざなりなメイキングなどよりずっとありがたい代物なのである。

教えて,ミスターヘストン

史上名高い超大作「ベン・ハー」はもう40年以上前の作品だが,いまだに色褪せぬ圧倒的な存在感で見る者を圧倒する。マニアならずとも必携の1本であるが,そのメイキングの中に公開当時の劇場の様子がちょっとだけ収められている。

で,面白いのは若かりし頃のチャールトン・ヘストンが劇場のロビーらしきところでお客さんたちとコーヒーを飲んでいるシーンが出てくる。最初,なるほどね,こういうサービスも当時のキャンペーンの一環なんだな,と思って見ていると,かっこいいヘストン氏は自らの紙コップ(だと思う)のコーヒーをそこにいる女性客のコップに注ぎ入れてにこっと笑顔になる。

相手の女性もたいへんうれしそうで,おおーさすがはハリウッドのヒーロー役者,さまになってるのう,などと思っていたのだが……。

まてよ,これがキャンペーンだとするとヘストン氏はこのシーン以前にも何度も同じことやらされていたんじゃなかろうか。下手すると一日に何度も。とすると顔では笑ってるけど,さんざんコーヒー飲まされて内心「コーヒーはもう勘弁してくれ〜」てな感じで女性客のコップに自分のコーヒーを処分したのかもしれない。

そうだとしても,そこは役者だからそんなそぶりはチラとも見せずにやってのけているのだろうけど,なんとなく妄想してみたくなるワンシーンである。「ホントはどうだったんですか」とご本人にお尋ねしてみたいところだ。キャンペーンも楽じゃないよとか言われるのだろうか。

宣伝もエンタテインメントに

ヒッチコック先生の「サイコ」はご存知のとおりスリラーの傑作だが,そのサプルメント映像の中に宣伝用の面白いフィルムがある。公開時のニュース映像と称してはいるが,明らかにキャンペーン用の短編だ。

某劇場を例に,パラマウント社とヒッチコック監督が用意した徹底したキャンペーンの模様がニュース風に描かれるというものだが,演出・構成など「サイコ」の宣伝という目的にきちんと添ってなされていることがわかるし,実際よくできている。

なんといってもヒッチコックという人はミッキーマウス並にキャラクターが確立されている点に改めて感服する。まずヒッチコックありき,なのだね。演出家としては妥協しない厳しい人なんだろうけど,新聞広告や劇場の立て看板まで御大自らご出馬という徹底したサービス精神はまことに立派だ。

ここでのキャンペーンの主眼は,「サイコ」のネタバレを避けるため上映中はお客を入場させない,必ず最初から最後まで見てくださいとアピールする,という点にある。メディアを通じてそれを周知徹底させ,更に劇場でもヒッチ先生の立て看板がサイン入りのメッセージを掲げ持っているという具合だ。

そこにはこの「サイコ」をフルに楽しむために途中入場はできません,というようなことが書かれているのだが,単に途中入場はできませんと書くのではなく,何人たりとも……たとえ当劇場の支配人の兄弟であろうと,合衆国大統領であろうと,英国女王陛下であろうと,という但し書きがあるのが可笑しい。英国女王陛下の後にちゃんと括弧書きでGod Bless herと書かれているのにも笑ってしまう。

「次の回のチケットを持っている人だけ」という看板の後に行列を作る観客たちは本物だろうが,時間に遅れて駆け込んできた男性客が入場できずにやむなく次の上映分のチケットを買うシーンはどうも演技くさい。ニュース映像風でもこれは宣伝用フィルムだ。

それでも,いやそれだからこそまだ見てない人々にこの映画への期待を抱かせるこのキャンペーン・フィルムは面白い出来だと思う。今風のプロモーション用リールとは少し肌合いが異なるが,こういう素材は今後ともぜひ発掘してもらいたいと思う。

サプルメントも質で勝負してほしい時代になったのである。